生成AIの登場以降、テクノロジー業界では「SaaSの死(SaaS is Dead)」という言葉が囁かれ始めました。これは、従来のGUI(画面)ベースのSaaSが、AIエージェントによる自律的な処理へと置き換わっていく未来を示唆しています。
>>「SaaSの死」についてはこちらに詳しく解説しています。
では、この変化は日本のIT産業の主役であるSIerにとって何を意味するのでしょうか。「SaaSの死」は、SIerをも殺してしまうのでしょうか?
結論から申し上げます。
「SaaSの死」やAI技術の進化そのものが、SIerを殺すのではありません。
「AIを武器にできるSIer」が、「AIに躊躇するSIer」を駆逐する現実が待っているということになるでしょう。
今後、SIerの「役割」、「求められるスキル」、そして「収益モデル」は劇的かつ不可逆的に変化します。本稿では、AI駆動開発とAIエージェントの台頭がもたらす構造変化と、この残酷な淘汰の時代をSIerが生き残るための生存戦略について論じます。
工数需要減少のメカニズム:なぜ「人月」は消滅に向かうのか
これまでSIerのビジネスモデルの根幹であった「人月商売(労働力の提供)」は、以下の3つの要因の相乗効果によって急速に縮小し、従来の収益構造は崩壊に向かいます。
1. AI駆動開発による生産性の爆発
GitHub CopilotやCursorに代表されるAIコーディングツールの進化は、開発工程の生産性を劇的に向上させています。 日本のSI業界特有の「多重下請け構造」自体は当面残るでしょうが、中身は変質します。発注側(事業会社や元請け)は、「AIツールの活用」を前提とした単価設定や納期を求めるようになるからです。
- AI活用に積極的なSIer: 圧倒的な短納期・低コストを実現し、利益率を高めて市場を制圧する。
- AI活用に消極的なSIer: 従来の工数見積もりが通用せず、コスト競争力を失い退場を余儀なくされる。
この二極化は短期間で決着がつきます。「AIを使わない」という選択肢は、もはや経営判断として成立しません。
2. AIエージェントによる「画面」の消滅(UIレイヤーの中抜き)
ここが「SaaSの死」の本質です。 従来、日本の業務システム開発では、「現場の業務に合わせる」ために複雑怪奇な画面(UI)や帳票を作り込むことが常態化しており、それがSIerの大きな収益源となっていました。
しかし、AIエージェントの台頭は、システム構成そのものを「UIレイヤーの中抜き(バイパス)構造」へと変えます。
- 従来のSaaS(人間中心の3層モデル):
[人間] <--> [GUI(画面・使い勝手)] <--> [データベース/ロジック]人間がデータを理解・操作するために「GUI」への翻訳が不可欠でした。 - AIエージェント時代(エージェント中心のバイパスモデル):
[人間] <--> [AIエージェント] <===(標準プロトコル)===> [データベース/ロジック]人間は自然言語で指示し、エージェントが裏側でシステムと直接通信します。
これにより、人間とデータをつないでいた「画面」はその役割を終えます。画面が不要になれば、それに付随する設計、実装、テスト、修正といった膨大な工数需要も消滅します。
3. 内製化の障壁崩壊と「ITと業務の融合」
これまでシステム内製化を阻んでいた「IT人材不足」という壁も、AIが破壊します。 高度なコーディングスキルがなくとも、AIの支援を受ければシステム構築が可能になるからです。
ここで重要なのは、「業務のロジックを一番深く理解している当事者」こそが、AIという武器を得て最強の開発者になるという点です。
従来は「業務担当者」から「ITエンジニア」への伝言ゲームが仕様の齟齬や開発遅延を生んでいました。しかし、これからは業務に精通したユーザー自身が、AIと対話しながらシステムを形にする時代です。これにより、ビジネスの変化に即応できる極めて高い俊敏性(アジリティ)が実現します。
「ITと業務の緊密化」が進んだ事業会社にとって、外部のSIerに労働力を依存する理由はもはや存在しません。
SIerのとるべき対策:労働力の提供から「技術の提供」へ
人月モデルが崩壊する中で生き残るためには、ビジネスモデルを「コードを書く労働力の提供」から「ITを前提とした業務変革の支援」へと再定義する必要があります。
1. AI前提のコスト構造とモダンITへの移行
まず、自社の開発体制を「AIありき」で作り変えることです。AI駆動開発を徹底し、単価が下がっても利益が出る高生産性体質への転換が急務です。 同時に、技術スタックを「レガシー(ウォーターフォール・オンプレミス)」から「モダン(アジャイル・クラウドネイティブ・マイクロサービス)」へ移行させます。AIの効果を最大化できるのは、疎結合で変更容易なモダンアーキテクチャだからです。
2. 「内製化支援」と「高度専門性」への特化
コードを書く仕事が減る一方で、「何を作るか」「どう変えるか」を支援する仕事は増えます。
- 内製化支援: ユーザー企業が自走するための技術コーチング、開発環境(DevOps)の整備。
- 高度専門スキルの提供: データサイエンス、大規模LLMの構築、セキュリティなど、ユーザー企業単独では保有しにくい高度技術リソースの提供。
3. 独自のドメイン知識のサービス化(Industry Cloud)
「言われたものを作る」受託開発から脱却し、特定の業界や業務に特化した独自のプラットフォームを提供する形へシフトします。市場のニーズを先取りし、「業界のベストプラクティス」をAIエージェント機能込みで提供する「インダストリークラウド」への転換が求められます。
4. 「責任共有型」契約への転換
システムの完成ではなく、システムが生み出した「ビジネス成果(売上向上やコスト削減)」に対して報酬を受け取る「レベニューシェアモデル」への挑戦も必要です。AIによる生産性向上リスクをSIerが負う代わりに、リターンも青天井にする覚悟が、顧客との真のパートナーシップを築きます。
5. 「AIガバナンス」の守護者
企業がAIエージェントを導入する際、最大の懸念は「ハルシネーション(嘘)」や「セキュリティリスク」です。 SIerは開発者としてだけでなく、AI活用における監査役、品質保証のプロフェッショナルとして、「AIガバナンス」を担保する新たな役割を担うことができます。
SIの体制転換と人材育成:未来のための「割り切り」
この変革を成し遂げるには、組織マネジメントにおいて「痛みを伴う決断」が必要です。
ベテランと若手の役割分担:戦略的配置
レガシーシステムの需要はすぐには消えませんが、そこには未来の成長もありません。したがって、戦略的なリソース配分が必要です。
- レガシー需要 → ベテランエンジニア: ベテランこそがAIツールを使いこなし、豊富な経験とAIのスピードを掛け合わせ、圧倒的な生産性でレガシー維持コストを圧縮します。 ここで重要なのは、「誰がAIを使うか」です。プログラミング経験のない初心者がAI駆動開発ツールを使っても、品質の低いコード(AI Slop)を大量生産するだけで、実戦では使い物になりません。その尻拭いによって、かえって現場の負担が増すだけです。 AIが生成したコードを直ちに評価し、修正できるベテランこそが、AI駆動開発を使うべきです。
- モダンIT需要 → 若手・新人: 若手をレガシー案件の穴埋めに使ってはなりません。彼らは最初からAIネイティブ、クラウドネイティブな環境で育成し、次世代の収益源(内製化支援、モダンアプリ開発)を担う戦力にします。 当然、当面は稼働率(売上)の向上に貢献できません。しかし、会社の未来を彼らに委ねる以上、これは不可欠な「先行投資」です。目先の利益を生まない、一見して「無駄」に見える学習や試行錯誤の時間を、彼らには意識的に与えるべきです。
教育投資の意味:「コード」ではなく「構造」を教える
新人の育成において、単にプログラミング言語の文法を教える時代は終わりました。コードはAIが書くからです。
これからの新人が学ぶべきは、AIが出力したコードの妥当性を検証し、システム全体を俯瞰するための「基礎体力」です。具体的には以下の3点にリソースを集中させるべきです。
- コンピュータサイエンス(CS): アルゴリズム、データ構造、計算機アーキテクチャ。
- ソフトウェアエンジニアリング(SE): 設計論、テスト技法、保守性、スケーラビリティの担保。
- モダンITアーキテクチャ: クラウドネイティブ、マイクロサービス、APIエコノミー。
逆に、既存のメインフレームやオンプレミスの作法といった「レガシーIT」を新人に教え込む必要はありません。
ここでベテランに求められる役割は、過去の技術を教えることではありません。
- AI駆動開発ツールを駆使して、レガシーシステムの生産性を劇的に向上させること。
- あるいは長年の経験を活かし、「課題を整理し、あるべき業務プロセスを描くスキル」を若手に伝承すること。 このいずれかの役割を果たしてもらう必要があります。
ただし、「ベテランだから自然にできるだろう」と自助努力に丸投げしてはいけません。 AIを使いこなすためのプロンプトエンジニアリングや、自身の暗黙知を言語化して若手に伝えるコーチング技術は、彼らにとっても未知の「新しいスキル」です。 経営者は、若手への投資と同様に、ベテランがこの「役割転換」を果たすための研修やリスキリングにも投資すべきです。
その上で、会社が機会を提供してもなお、新しいAIツールの習得もできず、若手を導くためのスキルシフトも拒むのであれば、その時こそ厳しいようですが第一線から退いていただくという判断が必要になります。
新人を過去の遺産で汚染することなく、純粋な「モダンIT」と「工学的基礎(コンピューター・サイエンスとソフトウェア・エンジニアリング)」、そしてベテランから受け継いだ「業務の知見」で育成すること。将来的に「ITの視点で、業務や事業はどうあるべきか」を論理的に語れる人材を生み出すためには極めて重要です。
教育投資の意味:「コード」ではなく「構造」を教える
新人の育成において、単にプログラミング言語の文法を教える時代は終わりました。コードはAIが書くからです。 これからのSIerが提供すべき価値は「技術的裏付けのある変革のシナリオ」です。
アルゴリズム、データ構造、アーキテクチャといったコンピュータサイエンスの基礎知識がなければ、AIが出力したコードの妥当性を検証できず、本質的なDX提案もできません。 「ITの視点で、業務や事業はどうあるべきか」を論理的に語れる人材を育てるために、基礎教育への投資を惜しんではなりません。
淘汰されるのは誰か
繰り返しますが、「SaaSの死」はSIerの終わりを意味しません。しかし、「これまでのやり方の終わり」にはなります。
変化を拒み、従来の労働集約的なモデルにしがみつくSIerは、AIという強力な武器を手にした競合他社によって、市場から駆逐されるでしょう。そして、AIを味方に付けたユーザー企業こそが、真の競合となることも忘れてはなりません。
経営者はこの過渡期における摩擦を恐れず、自らの代で「人月モデルからの脱却」を完了させる責任があります。それが、AI時代の新たなエコシステムで生き残る道なのです。
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【ユーザー企業の皆さんへ】
不確実性が常態化する現代、変化へ俊敏に対処するには「内製化」への舵切りが不可欠となりました。IT人材不足の中でも、この俊敏性(アジリティ)の獲得は至上命題です。AIの急速な進化、クラウド適用範囲の拡大、そしてそれらを支えるモダンITへの移行こそが、そのための強力な土台となります。
【ITベンダー/SI事業者の皆さんへ】
ユーザー企業の内製化シフト、AI駆動開発やAIOpsの普及に伴い、「工数提供ビジネス」の未来は描けなくなりました。いま求められているのは、労働力の提供ではなく、モダンITやAIを前提とした「技術力」の提供です。
対象となる方
- SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
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実施要領
- 期間:2026年2月10日(火) ~ 4月22日(水) 全10回+特別補講
- 時間:毎週 水曜日 18:30~20:30(※初回2/10など一部曜日変更あり)
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- 費用:90,000円(税込み 99,000円)
受付はこちらから: https://www.netcommerce.co.jp/juku
※「意向はあるが最終決定には時間かがかかる」という方は、まずは参加ご希望の旨と人数をメールにてお知らせください。参加枠を確保いたします。
講義内容(予定)
- デジタルがもたらす社会の変化とDXの本質
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- 【特別講師】変化に俊敏に対処するための開発と運用
- 【特別講師】クラウド/DevOpsの実践
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