FDEという言葉への違和感
FDE(Forward Deployed Engineer)という言葉が、IT業界で盛んに聞かれるようになりました。顧客の現場に入り込み、課題の把握から実装までを担う技術者です。「工数」を売るのではなく「価値(技術)」を売る。その理念は、AIがコードを書く時代のITベンダーのあるべき姿として、時代に即したものだと思います。
しかし、各社が語るFDEの収益化の姿を見ると、少し違う絵が浮かんできます。AIによって必要な工数は減る。その減った工数を、単価の高い高度人材の稼働として請求する。工数の総量は減っても、売上と利益は確保する。多くの場合、そういうシナリオになっているように見えます。
これは、名前を変えた人月ビジネスです。単価が高くなっただけで、時間を売っていることに変わりはありません。そして、本来のFDEとは意味が違います。
FDEの原型であるPalantirにとって、FDEは売り物ではありません。自社のソフトウェアを顧客の現場に根付かせるための先行投資です。収益はソフトウェアの利用から得る。FDEの稼働時間は、ほとんど請求されません。FDEが現場で得た知見は製品に還元され、次の顧客には人を張り付けずに価値を届けられる。だから人月が要らないのです。
「単価の高い人月」としてのFDEは、この経路を欠いています。知識は人に残り、次の顧客にも同じ人を送らなければならない。それでは、AIで工数が減り続ける限り、いずれ売上も減り続けます。本質的な解決にはなりません。
では、人月という前提そのものを手放すとは、どういうことなのか。富士通が2026年9月のIR Dayで示した「Value Pricing」は、この問いに対して、これまでのSIerには見られなかった踏み込みを見せています。この記事では、この取り組みを丁寧に追いながら、AI前提のSIビジネスが工数を前提に成り立たなくなること、そしてそこからどう脱却すべきかを考えてみたいと思います。
富士通が示した「価値起点のプライシング」
富士通は2026年9月16日、投資家向けの「IR Day 2026」で、売上に占めるValue Pricingの比率を2025年度の20%から2030年度に60%、2035年度に80%へ引き上げる目標を公表しました。説明に立ったのは大西俊介執行役員副社長CRO(最高収益責任者)です。
出発点にあるのは、コスト積算型プライシングの限界という認識です。多くのITサービスは「エンジニア数×期間+経費+利益」で価格を決めてきた。しかしAI時代に顧客が求める価値は、サービスの提供量や工数では測れない。顧客がAIに期待する価値として富士通は「スピード」「事業貢献」「持続可能」の3つを挙げ、これを価格に反映することをValue Pricingと定義しています。
課金の軸は2つです。提供するサービスが生み出す成果に課金するOutcome Baseをプロフェッショナルサービス(コンサルティング、システム開発)に、提供するサービスの利用量に課金するUsage Baseをアプリケーション、AIプラットフォーム、ソブリンプラットフォームに適用します。具体的なモデルは9つあります。
富士通が示した「価値起点のプライシング」
富士通は2026年9月16日、投資家向けの「IR Day 2026」で、売上に占めるValue Pricingの比率を2025年度の20%から2030年度に60%、2035年度に80%へ引き上げる目標を公表しました。説明に立ったのは大西俊介執行役員副社長CRO(最高収益責任者)です。
出発点にあるのは、コスト積算型プライシングの限界という認識です。多くのITサービスは「エンジニア数×期間+経費+利益」で価格を決めてきた。しかしAI時代に顧客が求める価値は、サービスの提供量や工数では測れない。顧客がAIに期待する価値として富士通は「スピード」「事業貢献」「持続可能」の3つを挙げ、これを価格に反映することをValue Pricingと定義しています。
課金の軸は2つです。提供するサービスが生み出す成果に課金するOutcome Baseをプロフェッショナルサービス(コンサルティング、システム開発)に、提供するサービスの利用量に課金するUsage Baseをアプリケーション、AIプラットフォーム、ソブリンプラットフォームに適用します。具体的なモデルは9つあります。
事例も示されています。物流事業者との共同輸配送プラットフォームはプロフィットシェア型で運営し、欧州の自動車事業者向けコンサルティングでは固定費に事業成果連動の成功報酬を組み合わせています。通信事業者とのAgile開発では「人・スキル×期間」の契約を「生産量×期間」のPod型に改めました。設計書を自動生成するFujitsu Application Transformは対象のコード量で課金し、チケッティング基盤は販売実績に応じて収益を分配しています。
領域別の目標も明確です。従来型SIは2030年度に30%、2035年度に40%。モダナイゼーションは50%から60%へ。自社サービス事業のUvanceは70%から90%へ。粗利率の押し上げ効果は2030年度に3%以上、2035年度に5%以上を見込んでいます。
推進体制として、2026年7月にCRO直下の「AI Pricing CoE」を設け、価値評価と価格設計のガバナンスを担わせています。現場側には業種ごとのEnablement Teamを置き、顧客との対話、Value Sellingのスキル開発、商談審査プロセスの改定、契約やSOWの整備を担います。戦略部門と現場部門を連携させ、実践からのフィードバックで価格モデルを磨くという設計です。
価格モデルを示したSIerはこれまでにもありました。しかし、比率の目標を年度ごとに掲げ、粗利への効果を数値で約束し、専任組織を経営直下に置いた例を、私は知りません。投資家に対して数字を出した以上、未達は資本市場から問われます。富士通は、自らに外部の規律を課したのです。
人月が消えるのは、知識が製品に移るとき
この取り組みを正当に評価するには、富士通のこれからの実践を待たなければなりません。ただ、資料から読み取れることはあります。
率直に言えば、Outcome Baseの4つのモデルを見ただけでは、人月の前提がなくなるとは言い切れません。エクスプレスサービスは、短縮した期間に対する割増です。Pod型は「生産量×期間」で、時間の束を売っています。Hybrid課金も固定費が土台です。これらは時間の値付けを変えているのであって、時間を売ることをやめてはいません。この部分だけを見れば、冒頭で述べた「単価の高い人月」と同じ構図に見えます。
しかし資料には、もう一つの構造が描かれています。コンサルティング部隊が顧客課題を発見し、FDEが実装と価値検証を担い、その知見を自社のAIプラットフォームや業種特化型エージェントといった製品の開発チームへ還元する。そして製品にはUsage Baseが適用される。ここにPalantir型の経路があります。FDEの稼働を顧客に請求するのではなく、FDEが育てた製品の利用量で回収する構造です。
つまり、人月の前提をなくす装置は、Outcome Baseの課金ではありません。現場で得た知見を人から製品へ移すことと、Usage Baseによる回収の組み合わせです。FDEはその一つの形にすぎません。前者だけを見れば単価の高い人月に見え、後者が機能して初めて人月が消えます。
ここで富士通の本気が試されます。現場に張り付く高度人材の稼働を、自社サービスの利用拡大のための先行投資と割り切れるかどうか。その稼働が売上として計上され続けるなら、それは高単価の人月です。その人件費が製品収益の獲得コストとして扱われ、人材の稼働に対する請求額が減っていくなら、人月の前提は本当に消えていきます。
富士通はサービス収益で成り立ってきた会社です。製品会社として出発したPalantirとは逆の方向から、同じ構造を目指そうとしています。高単価の人月は短期的には最も儲かる形であり、組織はそこに留まりたがる。過渡期が固定化しないかどうかが、この取り組みの分かれ目になるでしょう。
ユーザー企業に迫られる変革
この変革が進むかどうかの舵は、実はユーザー企業の側にあります。ベンダーがどれほど覚悟を決めても、発注側が「今まで通り」を選び続ければ、ベンダーは人月で受け続けるしかないからです。
なぜ人月はユーザーにとって便利だったのか。人月は、投入に対して透明で、成果に対して不透明な価格です。「なぜこの価格なのか」を社内で説明でき、プロジェクトが失敗しても「工数は適正に買った」と言える。発注担当者にとって、人月は責任の盾でした。
Value Pricingは、これを反転させます。成果に対して透明で、投入に対して不透明な価格になる。ユーザーの購買担当者は、これまで持っていた盾を失い、代わりに「この投資がいくらの事業成果を生むのか」を社内で証明する責任を負います。抵抗の本質は保守性ではなく、説明責任の移転にあります。
ここから一つの帰結が導かれます。Value Pricingの買い手は、情報システム部門ではないということです。成果に責任を持てるのは事業部門と経営であり、人月の対価を払ってきた情報システム部門は、成果を定義する立場にありません。富士通がValue Pricingをコンサルティング部隊やFDEと一体で語っているのは、このためでしょう。関係を改善するのではなく、向き合う相手そのものを変えなければならないのです。
ユーザー企業にとっても、これは他人事ではありません。AIによってシステム開発の工数が劇的に減る時代に、工数で買い続けることは、AIの果実を自ら放棄することに等しい。ベンダーが早く仕上げるほど安くなる契約では、ベンダーは早く仕上げる動機を持ちません。成果に対価を払う購買に変わることは、ベンダーのためではなく、ユーザー自身がAIの価値を手にするための条件です。
勇気ある変更を、どの企業の誰が先んじて行うのか。問われるのは、これからはユーザー企業の側です。そして、業界の他のベンダーがこれに追随して業界全体の潮流になるのか、それとも「今まで通り」の側に回って受け皿を続けるのか。それもまた、ユーザーの選択によって決まります。
営業は誰と向き合うのか
ベンダーの側で最も大きく変わらなければならないのは、営業です。ただし、それを営業個人の力量や自助努力に求めるべきではありません。評価制度と、営業が向き合う相手を変えることで、解決できる部分が大きいと考えています。
人月の営業は、工数を積み上げた見積もりを情報システム部門に提示し、今期の売上を確定させる仕事でした。Value Pricingの営業は、顧客の事業成果を定義し、それに連動した対価を事業部門や経営と合意する仕事になります。情報システム部門にしかアクセスできない営業は、この局面では役に立ちません。経営課題を語れる相手に到達し、成果を言葉と数字にする能力が要ります。これは研修で身につく技能というより、営業組織の配置と役割の設計の問題です。
そもそも、営業、エンジニア、コンサルタントという役職の区分そのものを見直すべきではないでしょうか。この区分は、工数を売る商売の分業です。営業が案件を取り、コンサルタントが要件をまとめ、エンジニアが工数をかけて作る。工数が収益の単位だからこそ、売る人と作る人を分けることに意味がありました。
価値を売る商売では、この分業は機能しません。顧客の経営課題を見極め、技術で解決の筋道を描き、現場で実装して成果を検証し、その知見を製品に還元する。これは一人、あるいは一つの小さなチームが一貫して担う仕事であり、営業とコンサルタントとエンジニアの境界をまたいでいます。富士通が示した体制図でも、コンサルティング部隊の役割は「ドメインリード」「インサイトエンジニア」「アダプションリード」、FDEの役割は「デプロイメントリード」「ソリューションアーキテクト」と定義され、従来の営業やSEという名称は使われていません。これは単なる呼称の変更ではなく、収益の単位が工数から価値に変わるとき、職務の切り方も変わらざるを得ないことを示しています。
評価制度を変えるとは、したがって、営業の評価だけを変えることではありません。誰が何に責任を持つのかという職務の定義そのものを、価値の単位に合わせて引き直すことです。
評価制度については、二つの壁があります。
一つは時間軸です。成果連動の契約は、収益の実現が複数年に跨ります。年度予算と年度評価で動く営業組織にとって、人月は今期の数字になり、成果報酬は来期 以降の数字になる。評価制度を変えるとは、成果連動の案件に高い評点を付けることではなく、将来の収益を測る指標を評価の軸に置くことです。SaaS企業が年間経常収益や既存顧客の収益維持率といった指標を発明したのは、まさにこのためでした。現場への人材投入を先行投資と割り切るなら、自社サービスによる継続的な収益の期待を、営業の業績として認めなければなりません。「まだ一円も稼いでいない状態」を評価する仕組みが要るのです。
もう一つは部門の壁です。現場に投入される技術者の人件費がプロフェッショナルサービスの部門に計上され、その成果であるプラットフォームの収益が別の部門に計上されるなら、前者は赤字を抱え、後者は労せず売上を得ます。この構造では、前者の部門長は技術者を請求可能な常駐人員に戻したくなる。評価制度ではなく組織会計の問題であり、この先行投資の損益を部門の壁を越えて経営が引き受けなければ、現場は必ず人月に回帰します。
過去に多くのSIerが「サービス化」を掲げながら人月に戻った原因は、たいていここにありました。富士通が価格ガバナンスを部門横断で収益責任を持つCRO直下に置いたのは、この問題の所在を正しく捉えた配置だと言えるでしょう。それが実態を伴うかどうかは、今後の実践を待つほかありません。
パートナーとの関係はどうなるか
もう一つ、触れておかなければならないことがあります。協力会社との関係です。
富士通は顧客に対して価値で売ろうとしています。しかし、協力会社からは工数で買っています。AIで必要工数が減れば買う人月は減り、顧客への価格は価値基準で維持される。短期的には差額が元請けの粗利になりますが、協力会社は売上が減る一方で、AIへの投資も自らの価格転換も求められる。工数を供給する相手としてのパートナーの需要は、桁で減っていくでしょう。
一方で、業種や業務の知見は、長年その業種のシステムを担ってきた協力会社に蓄積されていることが少なくありません。知見を製品に還元するループを本気で回すなら、その原材料はパートナーが持っています。知見を工数として買えば人月に戻る。製品に組み込み、利用に応じて分配する形でしか、パートナーを価値の側に引き込めません。
Value Pricingは、パートナーとの関係を「工数の調達」から別の何かへ組み替えることを要求します。それは多重下請けという業界構造そのものに手を入れることでもあります。この点については、改めて考えてみたいと思います。
問われるのは誰か
人月モデルからの脱却は、SIerが何年も掲げてきた言葉です。それが今回、これまでと違う重みを持つのは、AIが工数を消し始めたからです。開発生産性が数倍、数十倍になる世界で、時間を売る商売は成り立ちません。早く仕上げるほど売上が減る契約を、ベンダーもユーザーも続けられるはずがないのです。
富士通のValue Pricingは、価格モデルの新しさそのものより、その背後にある構造に手を入れようとしている点に意味があります。この取り組みが人月から離れられるかどうかは、三つの改革が揃うかにかかっています。ユーザー側が成果に責任を負う購買に変わること。営業と技術者の評価が、将来の収益と製品への還元を測る指標に変わること。そして、現場への先行投資の損益を部門の壁を越えて経営が引き受けること。これに、パートナーを人月で買うことをやめるという四つ目が加わります。
価格モデルは入口にすぎません。本当に問われるのは、人月という前提を支えてきたこれらの柱を、一本ずつ外していく覚悟です。それは富士通だけの課題ではなく、SIerとユーザー企業、そしてその間にある協力会社の全員に向けられた問いです。
工数を前提としたSIビジネスは、AIの前提と両立しません。どちらを選ぶのか。選ばなければ、AIの果実は、それを手にする覚悟を決めた誰かのものになります。
参考
- 富士通 IR Day 2026 説明資料「テクノロジー・ドリブンビジネスと価値起点のプライシング」(2026年9月16日、大西俊介執行役員副社長CRO)
- 富士通「IR Day 2026」レポート:5人の副社長が示す成長戦略(クラウドWatch、2026年9月17日)
- 富士通が脱人月モデルへ CROが説く「AI時代のバリュープライシングへの転換」とは(ITmedia、2026年9月28日)
- 「早く仕上げるほど売上は減る」富士通・時田社長が語るSIerが「人月の通用しない時代」で稼ぐ方法(Business Insider Japan、2026年9月24日)
- 富士通が2030年度に価値提供ベースの売り上げを6割に、人月の先を具体化(日経クロステック、2026年9月)
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日程 初回 2026年10月7日(水)〜最終回 12月16日(水) 毎週18:30〜20:30
※11月10日(火)のみ火曜開催
回数 全10回+特別補講
定員 120名
会場 オンライン
料金 ¥90,000-(税込 ¥99,000)
全期間の参加費と資料・教材を含む
※詳細はこちらをご覧ください。
『AI実践ドリル30日チャレンジ 仕事にすぐ効くAI活用』(日経BP)を紹介する連載が、日経クロステック(xTECH)に掲載されました。
第1回 ビジネスパーソンが生成AIの有償版を使うべきである理由
第2回 「事業変革推進室長」として生成AIで新規事業を企画する
第3回 AIの「魔法」をメール作成と悩みの「壁打ち」で体感
第4回 新規事業の「3段階の自立シナリオ」をAIで描く
第5回 AIにいきなり「斬新なアイデア」を求めるのは避けよ
本書は、これまでのAI本とは毛色が異なり、新規事業開発やマーケティングの実践ノウハウを、AIを使いながら体験的に学べる「ドリル」です。
AIの使い方を解説するのではなく、実際のビジネスの現場でどう使いこなし、新しい価値を生み出せばいいのかを、手を動かしながら身につけていただけます。
「AIをどう使うか」に留まっている限り、AIの真価は引き出せません。「AIでどう変わるか」、すなわちAIを前提として、仕事のやり方をどう変えればいいのか。それをお伝えしたくて書いた本です。まだの方は、ぜひご一読ください。
どうぞよろしくお願いいたします。





