突然ですが、あなたの「ITについての常識力」を点検してみましょう。
次のような質問をされたとき、あなたは、自分の言葉で相手に分かるように答えられますか? 単なる用語の定義ではなく、「なぜそれが必要なのか」「ビジネスにどう影響するのか」という視点で考えてみてください。
【初級編】 現代ビジネスの「読み書きそろばん」
まずは、現代のビジネスシーンで頻出するキーワードです。これらは特定の業界に限らず、経済ニュースを理解するためにも必須の知識です。
- 「デジタル化(デジタイゼーション/デジタライゼーション)」と「DX(デジタルトランスフォーメーション)」は、何が違うのですか?
- 「SaaS、PaaS、IaaS」の違いを説明し、自社の状況に合わせて適切に使い分け(あるいは契約の判断)ができますか?
- 「人工知能(AI)、機械学習、深層学習、生成AI」とは何ですか? それらはどんな包含関係にありますか?
【中級編】 トレンドの本質を掴む
続いて、ITに関わる仕事(営業、マーケティング、企画、コンサルタントなど)をされている皆さんにとっては、知らないでは済まされない常識です。
- 「仮想化」と「コンテナ」、技術的な違いとビジネス上のメリット(なぜコンテナが流行るのか)は何ですか?
- 「クラウドネイティブ」とは何ですか? 単に「クラウド上でシステムを動かすこと」とは何が違いますか?
- 「ゼロトラスト」とは何ですか? 従来の「境界型防御」と何が違い、なぜ今求められているのですか?
- 「AIエージェント」とは何ですか? チャットボットや単なる「生成AI」と何が違うのですか?
- 「アジャイル開発」と「ウォーターフォール開発」の違いはなんですか? なぜ今、不確実性の高い時代に「アジャイル」が推奨されるのですか?
【上級編】 ITの未来と社会を見据える
最後は、エンジニアや専門職、あるいはITを武器にこれからのビジネスや自分のキャリアを切り拓こうという皆さんならば、知っておくべき常識です。
- 「マイクロサービスアーキテクチャ」を採用するメリットとデメリットはなんですか?(組織論とセットで語れますか?)
- 量子コンピュータの実用化は、現在の暗号技術やセキュリティにどのようなインパクトを与えますか?
- 「デジタル主権(ソブリンクラウド)」という概念が、国家安全保障レベルで重要視される背景は何ですか?
いかがでしたか? すらすらと、自分の言葉で説明できたでしょうか。それとも、言葉に詰まってしまったでしょうか。
もし言葉に詰まってしまったのなら、それは正直なところ、少し『まずい』状況かもしれません。 厳しいことを言うようですが、現代のビジネスにおいてこれらの概念を知らないことは、武器を持たずに戦場に立っているのと同義だからです。 なぜ今のままではリスクがあるのか。少し危機感を持って、それぞれの視点から確認してみましょう。
1. すべてのビジネスパーソンへ:ITは「共通言語」である
【初級編】程度は、ITに関わる仕事をしているかどうかにかかわらず、現代のビジネスパーソンの常識と心得ておくべきです。
例えば、「デジタル化」や「DX」の違いが分からなければ、経営者から「我が社もDXに取り組まなくてはならない」と言われた際、「これまでも紙をPDFにしてデジタル化に取り組んできたのに、いまさら何をすればいいのか」といった、的外れな反応をしてしまうかもしれません。 DXの本質が「デジタルを前提としたビジネスモデルや企業風土の変革」であることを理解していなければ、あなたの努力は方向違いのものとなり、組織での役割を果たせなくなるでしょう。
また、AIを武器に新しいビジネスを立ち上げたいと考えているなら、クラウドやAIの基礎知識は前提です。「SaaS、PaaS、IaaS」の区別がつかず、どこまでが自社の責任範囲かわからないままでは、適切な予算もリスク管理も描けません。 「AI」と「生成AI」の区別がつかず、魔法のように何でもできると信じ込んでいては、実現不可能な企画書を書いて笑われるのがオチです。
技術的な詳細は専門家に任せるにしても、この程度の「共通言語」を持っていなければ、彼らと意思疎通すら図れず、ビジネスの土俵に上がることすらできないのです。
2. ITに関わる仕事をする人たちへ:スペックの暗記では戦えない
【中級編】程度の常識は、一般のビジネスパーソンには不要かもしれません。しかし、IT企業に勤めている、あるいは事業会社のIT部門や企画職にいるなら、説明できないようでは仕事になりません。
特に、「自分はエンジニアではないから」と高をくくっている営業やマーケターの方は要注意です。 自社の製品スペックや価格表を暗記しているだけでは、もはや価値はありません。顧客が求めているのは、「その製品を使って、どうビジネス課題を解決するか」というストーリーです。
例えば、「なぜクラウドネイティブにする必要があるのか」という問いに対して、「流行りだから」ではなく、「市場の変化に合わせてスピーディに機能をリリースし続けるため(そのためにコンテナやマイクロサービスが必要)」と、テクノロジーとビジネスを結びつけて語る必要があります。 「ゼロトラスト」も同様です。単なるセキュリティ製品の売り込みではなく、「働き方の多様化」という社会背景とセットで語れなければ、顧客の心には響きません。
ITの世の中の常識、トレンドの背景にある「必然性」を理解する思考回路がなければ、あなたの提案は薄っぺらなものになり、顧客からの信頼を勝ち取ることはできないでしょう。
3. IT専門職の方へ:専門性の「タコツボ化」を防げ
【上級編】や専門領域に関しては、エンジニアの方なら「自分の分野なら答えられる」と思うかもしれません。しかし、ここで問いたいのは「専門外への関心」です。
「インフラエンジニアだからアプリのことは知らない」、「AIエンジニアだからセキュリティのことは専門外だ」。かつては許されたそのスタンスも、今後はリスクになり得ます。
背景にあるのは、AIの発展とクラウドの普及です。 クラウド化によりインフラとアプリの境界線は曖昧になり、AIの進化は「作る」こと以上に「どう組み合わせるか」という設計能力の重要性を高めました。テクノロジーの構成要素が高度に抽象化された今、エンジニアには細部の実装力以上に、システム全体を俯瞰して最適解を導き出す「オーケストレーション能力」が求められているのです。
実際、システムは複雑に連携し、一つの領域だけで完結する仕事は激減しています。例えば、マイクロサービスアーキテクチャを採用すれば、組織構造やデプロイフロー、監視の仕組みまで変わります。量子コンピュータの台頭は、既存の暗号技術を無効化する可能性があり、すべてのセキュリティエンジニアにとって他人事ではありません。
自分の専門領域を深めることはもちろん重要です。しかし、それと同時に隣接する領域、さらにはビジネス全体への影響を知らなければ、「木を見て森を見ず」の仕事になってしまいます。全体最適の視点を持たない専門家は、プロジェクトにおいてボトルネックになりかねません。自分の仕事を全うするためにも、広い視野での「IT常識」が必要なのです。
キャリアの安定性を決める「ギリシャ神殿」の法則
なぜ、専門外の「常識」まで知っておく必要があるのでしょうか。 あなたのキャリアを、ギリシャの神殿に例えて考えてみましょう。
神殿を構成する要素は、大きく分けて3つあります。
- 柱(専門スキル): プログラミング、セールストーク、マーケティング手法など、それぞれの職種における専門的な知識やスキルです。これらは高ければ高いほど、太ければ太いほど素晴らしいとされます。
- 屋根(ビジネス): 柱の上に載る、あなたの仕事の成果や、プロフェッショナルとしての「信頼」です。
- 土台(ITの常識): そして、巨大な柱と屋根を地面で支えているのが、今回問うた「ITの常識」です。
多くの人は、「柱」を高くすること(専門性を磨くこと)には熱心です。しかし、柱が高くなればなるほど重心は上がり、建物の安定を保つのは難しくなります。 もし、その立派な柱を支える「土台」がぐらぐらしていたら、どうなるでしょうか?
エンジニアであっても「ビジネス的なDXの意義」という土台がなければ、どんなに高度なコード(柱)を書いても、良いシステム(屋根)は支えきれません。 営業であっても「モダンな技術トレンド」という土台がなければ、流暢なトーク(柱)があっても、お客様に最適な提案(屋根)は届きません。
専門外だからといって「常識」という土台をおろそかにすると、せっかく築き上げたプロフェッショナルとしての信頼という屋根は、ちょっとした揺れで、あっけなく崩れ落ちてしまいます。 堅牢な土台があってこそ、専門性の高い柱は、その真価を発揮できるのです。
なぜ「知らない」では済まされないのか
最後に、この「土台」を揺るがす最大のリスクについてお話しします。 それは、ITの世界において「現状維持」は「後退」と同義であり、それはやがて「不要」の烙印へとつながるという厳しい現実です。
『鏡の国のアリス』に登場する「赤の女王」はこう言いました。 「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」
昨日の革新的な技術が、今日は当たり前のインフラになり、明日には時代遅れの遺物となる。そんな猛烈なスピードで流れる世界において、知識をアップデートしないことは、エスカレーターを逆走して下り続けるようなものです。立ち止まった瞬間、あなたはビジネスの最前線からあっという間に押し流され、視界の外へと消えていくでしょう。
また、しばしばダーウィンの言葉として引用される有名な一節(実際には後世の学者による要約とされます)も、この残酷な真実を突いています。 「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である」
もしあなたが、「自分は今のままで十分だ」と思い込み、新しい常識から目を背け続けるなら、待っているのは緩やかな衰退ではありません。ある日突然、自分のスキルが市場で全く通用しなくなるという、急激な断絶です。それはビジネスパーソンとしての死を意味します。
だからこそ、危機感を持ってください。上記で問われたことを 「よくわからない」と避けて通る道は、もう残されていません。
知識を整理し、常に最新へとアップデートし続けること。 それだけが、この激流の時代を生き抜き、未来を切り拓くための唯一の生存戦略なのです。
【募集中】ITソリューション塾・第51期(2026年2月10日開講)
【ユーザー企業の皆さんへ】
不確実性が常態化する現代、変化へ俊敏に対処するには「内製化」への舵切りが不可欠となりました。IT人材不足の中でも、この俊敏性(アジリティ)の獲得は至上命題です。AIの急速な進化、クラウド適用範囲の拡大、そしてそれらを支えるモダンITへの移行こそが、そのための強力な土台となります。
【ITベンダー/SI事業者の皆さんへ】
ユーザー企業の内製化シフト、AI駆動開発やAIOpsの普及に伴い、「工数提供ビジネス」の未来は描けなくなりました。いま求められているのは、労働力の提供ではなく、モダンITやAIを前提とした「技術力」の提供です。
戦略や施策を練る際、ITトレンドの風向きを見誤っては手の打ちようがありません。
ITソリューション塾では、最新トレンドを体系的・俯瞰的に学ぶ機会を提供します。さらに、アジャイル開発やDevOps、セキュリティの最前線で活躍する第一人者を講師に招き、実践知としてのノウハウも共有いただきます。
対象となる方
- SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業改革や新規開発に取り組む皆さん
- 異業種からSI事業者/ITベンダー企業へ転職された皆さん
- デジタル人材/DX人材の育成に携わる皆さん
時代の「デフォルト」が変わる今、ITソリューション塾・第51期の募集を開始します。
実施要領
- 期間:2026年2月10日(火) ~ 4月22日(水) 全10回+特別補講
- 時間:毎週 水曜日 18:30~20:30(※初回2/10など一部曜日変更あり)
- 方法:オンライン(Zoom)
- 費用:90,000円(税込み 99,000円)
※「意向はあるが最終決定には時間かがかかる」という方は、まずは参加ご希望の旨と人数をこちらよりお知らせください。参加枠を確保いたします。
講義内容(予定)
- デジタルがもたらす社会の変化とDXの本質
- ITの前提となるクラウド・ネイティブ
- ビジネス基盤となったIoT
- 既存の常識を書き換え、前提を再定義するAI
- コンピューティングの常識を転換する量子コンピュータ
- 変化に俊敏に対処するための開発と運用
- 【特別講師】クラウド/DevOpsの実践
- 【特別講師】アジャイルの実践とアジャイルワーク
- 【特別講師】経営のためのセキュリティの基礎と本質
- 総括・これからのITビジネス戦略
- 【特別講師】特別補講 (現在人選中)
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