ある研修でのことでした。入社1〜2年目ほどの若手社員から、こう質問を受けました。

「仕事以外のプライベートな時間にも、仕事に関わる勉強をする必要があるのでしょうか」

私は一瞬言葉を失いました。私を含め、ある程度のキャリアを重ねた人間の多くは、反射的に「当然だろう!」と喉まで出かかるはずです。しかし、それは私たちが「当たり前」として無批判に受け入れてきた常識に過ぎません。

一息ついてから、こう答えました。

「それは、あなたが決めることです。私がとやかく言えることではありません」

どんな絶望の中でも奪えない「最後の自由」

突き放したように聞こえたかもしれません。しかし、これは決して冷淡な答えではなく、もっとも誠実な答えだと私は信じています。

ナチスの強制収容所という極限状態を生き延びた精神科医、ヴィクトール・フランクルは、名著『夜と霧』の中で、人間から全ての自由が奪われたとしても、たった一つだけ奪えないものがあると記しました。

「人間が持ちうる最後の自由、それは、与えられた状況に対して、自分の態度を選ぶことである」

(Viktor Frankl / “The last of the human freedoms: to choose one’s attitude in any given set of circumstances”)

今の会社や社会環境が、あなたにとって理想的ではないかもしれません。しかし、その環境に対して「どう向き合うか」「学ぶか、学ばないか」という態度を決める自由だけは、誰にも奪うことはできません。

学ぶ機会として会社があり、プライベートがあります。その時間をどう使うか。その選択権は、上司ではなく、あなたの手の中にあります。

「釣り堀」はもう閉園した

ただ、この若者の質問の奥には、現代特有の閉塞感が潜んでいるのかもしれません。

彼らが抱えているのは、「努力しても報われるのか?」という、いまの時代に蔓延る根源的な不安です。

かつての昭和という時代は、魚が大量に放流された「釣り堀」のようなものでした。糸を垂らせば(努力すれば)、誰でもそれなりの魚(マイホームや安定した生活)が釣れたのです。

しかし、今はどうでしょうか。釣り堀の柵は取り払われ、私たちは「荒れた外洋」に放り出されています。波は高く、魚影は薄い。釣り堀の時代と同じように糸を垂らしても、魚が釣れる保証などどこにもありません。「かつては入れ食いだった」と自慢する先輩の武勇伝は、この荒海では何の役にも立たないのです。

「どうせ釣れないのなら、糸を垂らすだけ無駄ではないか」

そう感じてしまうのも無理はありません。私たち上の世代には、若者がこの海で希望を持てるよう、社会という海図を書き換えていく責務があるでしょう。

それでも、舵を握るのは自分しかいない

しかし、海の状態を変えることと、自分の船をどう操るかは、別の話です。

海が荒れているからといって、舵を手放してしまえば、船はただ流されるだけです。不公平な海であっても、そこで帆を張り、どの島を目指すかを決めるのは、あなた自身です。そう選択した結果は、全てあなた自身に返ってきます。漂流した責任は、海には転嫁できません。

「機械」になるな、「人間」であれ

私は彼にこう続けました。

「”仕事に関わる勉強”と言いましたが、仕事というのはあなたの人生の一部でしかありません」

今の業務に直結するスキルだけを学ぶことは、あなた自身を「機能」に限定してしまうことです。

映画史に残る喜劇王、チャールズ・チャップリンは、映画『独裁者』のラストシーンで、カメラに向かってこう演説しました。

「君たちは機械じゃない、家畜じゃない、人間なんだ!」

(Charlie Chaplin / “You are not machines! You are not cattle! You are men!”)

現代において、この「機械」は「AI」と言い換えることもできます。

AIは「機械」です。膨大な過去のデータから最適解を導き出すことにかけては、人間を遥かに凌駕します。もし、あなたがマニュアル通りの正解を出すだけの存在なら、遅かれ早かれ、AIに置き換えられるでしょう。AIと同じことしかできないのなら、それはコストの高い劣化版AIでしかないからです。

しかし、AIに決して置き換えられないのが人間です。

なぜなら、人間は自らの意志で「問い」を立て、その結果に「責任」を取れる存在だからです。

責任を取るとは、痛みをごまかさないこと

ここでいう「責任を取る」とは、単に頭を下げたり、始末書を書いたりする儀式のことではありません。決断の結果として生じる「痛み」や「重荷」を、生身の体で引き受けることです。

例えば、あるプロジェクトが大失敗し、顧客に多大な損失を与えてしまったとしましょう。

AIなら、「原因はBモジュールのエラーです。再発確率は15%」と淡々とレポートを出力するだけです。そこには何の後悔も、胃が痛くなるような焦燥感もありません。

しかし、人間は違います。激怒する顧客の元へ足を運び、罵声を浴びながら誠心誠意対応し、失った信頼を取り戻すために泥水をすするような苦労を引き受けなければなりません。部下のミスを自分のミスとして背負い、自分の評価や給与が下がることを甘受する。この「痛み」から逃げずに受け止めるプロセスこそが、責任を取るということです。

あるいは、経営者が、リストラのような非情な決断を迫られる場面を想像してください。

AIはデータに基づいて「生産性の低い社員リスト」を0.1秒で作成できます。しかし、その社員の目を見て、人生を変えてしまう通告を行うことはできません。その人の絶望、家族の顔、自分への憎悪、そして良心の呵責。これらすべてを背負い込み、それでも決断を下すことができるのは、痛みを感じられる人間だけなのです。

また、想像してみてください。もし仕事上の判断ミスを追及されたあなたが、「AIがこうしろと言ったから私はそうしたまでのことです。私には責任はありません」と答えたとしましょう。

これに対して、「それなら仕方がないですね」と世の中が認めてくれるでしょうか?

思考と決断を放棄し、結果の責任を道具であるAIに押し付ける。これはAIを使っているのではなく、AIに使われている状態に他なりません。主体性を手放した人間は、もはや人生の操縦席には座っていないのです。

痛みを感じないAIには、真の意味での決断はできません。

文学や芸術に触れ、歴史を学び、他者の痛みを想像する力(=心)を養うこと。それは、計算された正解ではなく、血の通った「納得解」を導き出し、その結果を引き受けるための土台となります。

職場であれプライベートであれ、貪欲に学ぶことは、あなたがAIというシステムの一部で終わらないための、人間としての尊厳ある戦いなのです。

斧を研ぐ時間が、明日の木を倒す

もちろん、業務時間内で身につく知識だけで十分だと考えるなら、それでも構いません。

しかし、忘れてはならないことがあります。

「その結果は、全て自分に返ってくる」ということです。

アメリカ合衆国第16代大統領、エイブラハム・リンカーンは、次のような言葉を残したと言われています。

「もし8時間、木を切る時間を与えられたら、私はそのうちの6時間を、斧を研ぐことに使うだろう」

(Abraham Lincoln / “Give me six hours to chop down a tree and I will spend the first four sharpening the axe.”)

仕事という「木を切る」行為において、ただ闇雲に斧を振り回しても、刃がこぼれていれば成果は上がりませんし、あなた自身が疲弊するだけです。

プライベートな時間に行う勉強や教養の涵養は、まさにこの「斧を研ぐ時間」です。

鋭く研ぎ澄まされた知性と感性という斧を持ってこそ、硬い大木(困難な仕事や人生の課題)を切り倒すことができるのです。

どんな人生を生きたいかは、自分で決める

どんな人生を生きたいかは、他人が決めることではありません。

しかし、これだけははっきり言えます。

学ぶことに貪欲である方が、人生において「切れる木」が増えます。

荒れた海でも、自分の力で進むべき方向を見定められるようになります。

自分がどんな人生を生きたいかは、自分で決めるしかない。

そして、その結果として目の前に広がる景色は、あなたが研ぎ澄ませてきた「斧」の鋭さが決めるのです。

あなたは、錆びついた斧で一生を終えますか?

それとも、誰にも負けない切れ味鋭い斧を手に入れますか?

それを決めるのは、今のあなた自身です。

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