この文章は、弊社が主催するITソリューション塾の講師であり、アジャイル・ワークの提唱者でもある戦略スタッフサービス・代表の戸田孝一郎氏との議論や彼の論考に示唆を受けて、書いたものです。
戸田氏の論考の核心は、不確実性が高まり、変化の速い現代社会では、俊敏性の獲得が企業の成長や存続に於いて極めて重要であるということです。そのためには、テイラー主義の前提となっている「計画者と作業者の分離」では対処できず、アジャイルの前提である計画者と作業者の一体化が重要であるという視点です。
DXとはまさにこの主張にある「俊敏性の獲得」が目的であることは言うまでもありません。この観点からDXの実践を改めて捉え直し、その実践の筋道を描いてみました。
要約:DXの真の変革とSIビジネスの未来
本レポートは、DXに取り組むユーザー企業が、「業務のデジタル化(効率化)」ではなく、不確実な市場で生き残るための「俊敏性(アジリティ)の獲得」を求めていることを論じています。
この変革の核心は、100年来のテイラー主義的な「計画者と作業者の分離」という組織構造を根本から覆し、「計画者と作業者の一体化」(=現場の「自律的チーム」が計画と実行の両方を担う)を実現するアジャイルな組織へと生まれ変わることにあります。
SI(人月)ビジネスが成り立たなくなる理由
このDXの潮流は、従来のSIビジネス、特に「人月ビジネス」の基盤を根本から揺るがします。
企業が「効率化」よりも「俊敏性」を重視するようになるにつれ、ITシステムにもその「俊敏性」への対処が求められるようになります。
この変化がSIビジネスに与える影響は、単に「AIの活用(コード生成やテスト自動化)によって生産性が高まり、工数需要が減少する」という側面だけではありません。
それ以上に本質的なのは、「顧客(ユーザー企業)がシステム開発に持つ期待や要望そのものが、根本的に変わる」ことです。SIerは、この新しい期待(=俊敏性の実現)に対処できなければ、市場での存在価値を失います。
この構造変化の理由は、以下の通りです。
- 顧客の目的が「俊敏性の実現」にシフト: ユーザー企業は、自社の競争力維持に「俊敏性」が不可避であると認識しています。この俊敏性は、ビジネスだけでなく、それを支えるシステム開発にも求められます。
- 「内製化」への必然的なシフト: 俊敏性を外部委託で確保することは困難です。そのため、ユーザー企業はアジャイル開発、DevOps、クラウド、AIを前提とした「システム内製化」を加速させます。これは、ウォーターフォール開発(=テイラー主義的な分離モデル)を前提とした従来の外注モデルからの脱却を意味します。
- 「人月(工数)」提供モデルの価値低下: 内製化が進み、顧客の期待が「俊敏性」に移ることで、SIerの「作業工数(人月)」そのものへの需要が減少します。アジャイルな組織を目指す企業にとって、人月単位での労働力を購入するビジネスモデルは、もはや価値を提供しません。
SIビジネスに求められる変革
この変化は、SI事業者が「労働力(人月)」を提供するビジネスから、顧客の「変革そのもの」を支援するパートナーへと生まれ変わることを要求します。
これは単なるスキルトランスファー(技術移転)ではありません。クライアントが真の俊敏性を獲得し、システム内製化を実現できるよう、以下の本質的な支援が新たな収益源となります。
- 組織変革コンサルティング:クライアントが「自律的チーム」を機能させるための、組織構造、権限移譲、評価基準の変革といった「組織変革そのもの」を支援します。
- アジャイル・コーチング:クライアントのチームに伴走し、心理的安全性の醸成、高速フィードバックループの実 践など、アジャイルな働き方と文化が定着するまで支援します。
- プラットフォーム・エンジニアリング:クライアントの自律的チームがビジネス価値の創出に集中できるよう、CI/CDパイプラインやクラウド基盤、AI基盤といった高度な技術的環境を整備・運用します。
- アーキテクチャ設計支援: 俊敏性を担保できる柔軟なシステム(マイクロサービス、疎結合など)への移行を主導します。
結論として、SI事業者は収益の前提が根本から変わることを認識し、既存事業の延長線上ではない、まったく新しい会社に生まれ変わるという覚悟が求められています。
本レポートの議論の前提
本レポートの議論は、戸田氏の論考で分析している「産業工学(IE)の中核概念である『無駄』の定義と『最適化の目的』が、時代と共にどう進化してきたか」という歴史的分析に基づいています。
その分析とは、IEの目的が、以下の3段階で進化してきたプロセスを明らかにするものです。
- テイラー主義における「生産量の最大化」(ムダ=非効率な動作)から、
- トヨタ生産方式(TPS)における「システムフローの最適化」(ムダ=7つのムダ、ムラ、ムリ)へ、
- そしてアジャイル/リーンにおける「顧客価値の最大化」(ムダ=抽象的な摩擦)へ
この進化のプロセスを、ここで簡潔に解説します。
- 第一段階:テイラー主義(生産量の最大化)
20世紀初頭、需要が安定し「作れば売れる」時代、ボトルネックは「いかに速く作るか」という労働生産性そのものでした。フレデリック・W・テイラーは、科学的管理法によって作業員の「非効率な動作」を「ムダ」として徹底的に排除し、標準化しました。目的は明確に「生産量の最大化」でした。 - 第二段階:TPS(システムフローの最適化)
戦後の多品種少量生産の時代、トヨタ生産方式(TPS)は新たな課題に直面しました。テイラー主義的な局所最適化(個々の作業速度)だけでは、在庫過多や工程間の手待ちといった「システム全体の非効率」は解決できませんでした。そこでTPSは「ムダ」の定義を、在庫、手待ち、作りすぎといった「7つのムダ」へと拡大しました。さらに、これらのムダは単なる症状であり、その根本原因として生産計画の変動(ムラ)や過負荷(ムリ)が存在すると突き止め、システム全体の「フローの最適化」を目的としました。 - 第三段階:アジャイル/リーン(顧客価値の最大化)
21世紀の知識労働とデジタル化の時代、ボトルネックは物理的なモノの流れから「情報の流れ」へと移行しました。市場の不確実性が極めて高くなり、「何を作るべきか」が常に変動するようになりました。ここで「ムダ」は、部門間の情報伝達ロス、承認待ち、手直しといった「抽象的な摩擦」として再定義されました。最適化の目的は、顧客にとって本当に価値のあるものを迅速に届け、フィードバックを得て即座に適応する「顧客価値の最大化」へと進化しました。
本レポートは、この思想的変遷を踏まえ、現代の「DX」が目指すべき変革の本質は、まさにこの歴史の延長線上にある「俊敏性の獲得」であり、その鍵が「計画者と作業者の一体化」にあることを論証するものです。
I. なぜ多くのDXが失敗するのか?「効率化」の罠と「俊敏性」という真の目的
デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉が浸透して、多くの企業がその名の下に巨額の投資を行い、アナログ業務のデジタル化を進めています。しかし、その多くが期待した成果、すなわち競争力の抜本的な向上に結びついていないのが現実ではないでしょうか。単なる業務効率化は達成できても、それは本質的な変革ではありません。
しかし、その実践の多くは、20世紀初頭にフレデリック・W・テイラーが提唱した「科学的管理法(テイラー主義)」の目的、すなわち「生産量の最大化」の延長線上にあります。これは、時間動作研究などを用いて作業を科学的に分析・標準化し、「計画者(管理者)」が設計した手順を「作業者(実行者)」が忠実に実行するという「計画と実行の分離」を特徴とする管理手法です。デジタルという手段を使って、既存の業務をより速く、より正確に行おうとする試みは、いわば「デジタル・テイラー主義」に他なりません。
ですが、現代の社会経済環境は、テイラー主義が前提とした安定的な大量生産の時代とは根本的に異なります。不確実性が常態化し、市場や顧客のニーズが目まぐるしく変化する現代において、企業に求められるのは「生産性」以上に「俊敏性(アジリティ)」です。変化に即応できない企業は、どれほど効率的であっても競争力を失います。
本レポートの目的は、DXの真の目的をこの「俊敏性の獲得」に設定し直し、その達成に必要な「変革(Transformation)」とは何かを具体的に示すことにあります。
その核心は、「デジタル技術を使うこと」ではありません。それは、産業革命以来の「計画者と作業者の分離」という組織原則を根本から覆し、「計画者と作業者を一体化」させたアジャイルな組織へと変革することです。この歴史的背景から変革の具体像まで、DX実践の真の筋道を明らかにします。
II. なぜ俊敏性が失われるのか:テイラー主義の遺産と「抽象的な摩擦」というボトルネック
「計画者と作業者の分離」は、テイラー主義の根幹をなす発明でした。
- 計画者(管理者): 科学的手法(時間動作研究など)を用いて、業務プロセスを分析・標準化し、「最善の唯一の方法(One Best Way)」を設計します。
- 作業者(実行者): 計画者が設計した標準化された手順を、忠実に、効率的に実行することに専念します。
この分離体制は、需要が安定し、大量生産が正義であった時代において、驚異的な生産性向上を実現しました。しかし、この構造は「不確実性」と「変化」を最大の敵とします。
変化が速い現代において、この分離体制は、組織の俊敏性を阻害する「抽象的な摩擦」(=計画と実行の分離が生む、目に見えない非効率や遅延)の最大の発生源となります。
- 手待ちのムダ(Waiting): 現場(旧・作業者)が市場の変化を察知しても、計画を変更する権限を持つ「計画者」の承認と指示を待たなければなりません。このタイムラグが致命的な遅れを生みます。
- 運搬のムダ(Transportation): 計画者と実行者の間で、情報やコンテキスト(文脈)を伝達(ハンドオフ)するたびに、情報が劣化し、認識のズレ(摩擦)が生じます。
- 不良/手直しのムダ(Defects): 計画が現場の実態とズレたまま実行されると、市場が求めないものを作り続けることになり、甚大な手直しコストが発生します。
「デジタル・テイラー主義」が陥る罠は、デジタルツールによって実行(Do)の速度を上げても、計画(Plan)の承認や修正の速度が旧態依然のままであるため、この「抽象的な摩擦」がボトルネックとして残り続ける点にあります。
III. 俊敏性の思想的ルーツとアジャイルの本質
A. アジャイルの原点:トヨタ生産方式(TPS)によるテイラー主義の克服
テイラー主義の「ムダ=非効率な動作」という考え方に対し、生産管理の歴史において決定的な転換点をもたらしたのが、トヨタ生産方式(TPS)、すなわちリーン生産方式の原点です。
テイラー主義がフォード・システムに代表される「単一製品の大量生産」で絶大な成功を収めたのに対し、戦後の日本(トヨタ)は、資源が乏しく、多様な車種を少量ずつ生産する「多品種少量生産」への対応が迫られました。テイラー主義的な「計画者(管理者)が最適化した計画を実行者がこなす」という固定的なモデルでは、この需要の変動(ムラ)に対応できませんでした。
そこで大野耐一らによって開発されたTPSは、「ジャスト・イン・タイム(JIT)」と「自働化(ニンベンのついたジドウカ)」を2本柱としました。
- ムダ・ムラ・ムリの概念:
TPSは、テイラー主義が着目した「動作のムダ」だけでなく、よりシステム的な非効率性を問題にしました。特に「作りすぎのムダ」を最悪のムダと定義し、在庫、運搬、手直しなど「7つのムダ」を特定しました。さらに、これらのムダは単なる症状であり、その根本原因として、生産計画の変動性(ムラ)や、作業者・機械への過度な負荷(ムリ)が存在すると突き止めました。 - 人間尊重(カイゼン):人間観の根本的転換
テイラー主義との最も本質的な思想的転換点は、作業者に対する「人間観」そのものにあります。
- テイラー主義(作業者=工作機械): テイラー主義は、作業者を「計画者」が設計した標準手順を実行するための「道具」または「工作機械」として捉えました。求められたのは作業者の「手(実行能力)」であり、その「頭脳(経験、アイデア)」は、むしろ標準からの逸脱を生む不要なものとされました。これが「計画と実行の完全な分離」の思想的背景です。
- TPS(作業者=自律した人間): 対照的に、TPSは作業者を「自律した人間」として「尊重」しました。TPSは、現場こそが「ムダ」や「異常」を最もよく知る場所であると考え、作業者の「手(実行能力)」に加えて、その「頭脳(現場の知恵)」こそが改善(カイゼン)の最も貴重な源泉であると再定義しました。
この「人間尊重」とは、現場の作業者が自らムダを発見し、プロセスを改善することを奨励することです。これは、テイラー主義によって分離された「計画(=改善策を考えること)」と「実行(=作業すること)」を、現場レベルで「再統合」しようとする試みでした。
この思想的転換に基づき、TPSは、テイラー主義の「生産性」という目的を継承しつつも、その実現方法において「計画と実行の分離」を部分的に否定し、「現場の自律性」と「フロー全体の最適化」を重視する点で、根本的に異なるパラダイムを提示しました。
B. TPSからアジャイル、そしてDevOpsへの進化
このTPS/リーンの思想は、1990年代から2000年代にかけて、製造業からIT・ソフトウェア開発の領域へと輸入されました。
当時のソフトウェア開発において主流であった「ウォーターフォール開発」は、まさにテイラー主義の「計画と実行の分離」をIT領域で実践した開発手法でした。
そのプロセスは、まず「計画者」(アナリストや設計者)が、顧客の要求をすべて聞き取り、完璧な「計画(=仕様書)」を策定することから始まります。そして、この計画が承認されて初めて、「作業者」(開発者、テスター)がその仕様書通りに寸分違わず「実行(=製造、テスト)」するという、厳格な分離体制をとっていました。この手法は、顧客の要求(=計画)が開発期間中に一切変わらないという、安定した環境を前提としていました。
しかし、1990年代以降、市場の変化は加速し、「不確実性が常態化」した現代において、この手法は機能不全に陥ります。数ヶ月、時には数年かかる計画(仕様書)が完成する頃には、すでに市場や顧客のニーズは変わり果てているのです。計画と現実の間に生じたこの致命的なズレこそが、II章で述べた「抽象的な摩擦」であり、莫大な「不良/手直しのムダ」の発生源となりました。
この問題を解決するために、TPS/リーンの思想(ムダの排除、人間尊重、高速なフロー)を取り入れることは必然的な流れでした。そうして生まれたのが「アジャイルソフトウェア開発」です。
アジャイルは、完璧な事前計画を策定することを放棄します。その代わりに、顧客からのフィードバックに基づき、短期間(1〜4週間程度)で「計画と実行(開発)」のサイクルを回し続け、変化(不確実性)に即座に対応(適応)しようとしました。この思想は、1990年代からスクラム(Scrum)やエクストリーム・プログラミング(XP)といった個別の手法として実践されていましたが、2001年の「アジャイルソフトウェア開発宣言(Agile Manifesto)」によって、公式な運動として体系化されました。
さらに、アジャイル開発によって開発(Dev)プロセスの俊敏性が高まると、今度はその成果物を運用(Ops)する部門との間に、新たな「抽象的な摩擦(テイラー主義的な分離)」が生じました。開発は「速く変えたい」、運用は「安定させたい」という対立です。
この「最後のサイロ」を打ち破り、TPSが目指した「エンド・ツー・エンドのフロー最適化」をITシステム全体に適用しようとする考え方が「DevOps」です。この運動は、2009年頃、Flickr社での開発・運用協力事例(1日に10回以上のデプロイ)の発表や、パトリック・ドボア(Patrick Debois)による「DevOpsDays」カンファレンスの開催などを契機に、「DevOps」(Development + Operations)という名称で急速に広まりました。DevOpsは、開発と運用が「一体化」し、共通の目的に向かって協働することで、価値提供のスピードと安定性を両立させることを目指します。
C. アジャイルの本質:「計画者と作業者の一体化」
このように、TPSからアジャイル、DevOpsへと至る流れは、一貫してテイラー主義の「計画者と作業者の分離」という構造的欠陥を、いかにして克服するかという挑戦の歴史でした。
そして21世紀のアジャイル/リーン思考は、この問題をさらに進め、不確実性(=ムラが常態化した世界)に対処するための組織原理を提示しました。それこそが「計画者と作業者の一体化」です。
アジャイルの本質とは、ビジネスの最前線にいるチームが、以下の2つの役割を同時に担うことにあると考えられます。
- 変化の検知(旧・計画者の役割): 市場や顧客の変化を直ちに理解します。
- 即時の実行(旧・作業者の役割): その変化に対応するための行動を、自ら即決・即断・即実行します。
この「一体化」された「自律的チーム」は、外部の「計画者」の指示を待つ必要がありません。チーム自身が市場の変化を検知し、自ら計画を修正し、即座に実行に移します。これにより、テイラー主義の分離構造が引き起こしていた「抽象的な摩擦(手待ち、運搬、手直しのムダ)」が根本から解消され、組織は「俊敏性」を獲得できます。
IV. DXの再定義:変革(X)こそが目的であり、デジタル(D)は手段である
ここまでの議論から、DXを以下のように再定義する必要があります。
A. 誤ったDX:「デジタル・テイラー主義」
- 変革(X): なし(組織構造は旧来のままです)
- デジタル(D): 既存の分離したプロセス(計画・実行)を効率化する道具です。
- 目的: 生産性・効率性の最大化です。
- 結果: 俊敏性は得られません。
B. 真のDX:「アジャイルな組織への変革」
- 変革(X): 「計画者と作業者の分離」を前提とした組織構造・文化・プロセスを、「一体化」された自律的チームが中心となる構造へと根本的に作り変えることです。
- デジタル(D): 変革された新しい組織が、その俊敏性を最大化するために活用する「支援手段」です。
- 目的: 俊敏性の獲得と、それによる継続的な顧客価値の創出です。
- 結果: 不確実な市場への適応力が飛躍的に向上します。
C. 生成AIとAIエージェントの真の役割:「一体化」の強力な支援
AIやデジタル技術の真価は、古いプロセスを速回しすることにあるのではありません。それは、「一体化」されたチームが「計画(Plan)」業務(データ分析、市場予測、シミュレーション)を行う際の認知的負荷を軽減し、同時に「実行(Do)」業務(開発、テスト、実装)を自動化することで、チームの自律的な意思決定と行動を「支援」することにあります。
この「支援」こそが、生成AIやAIエージェントが「計画者と作業者の一体化」を現実のものにする強力な武器となる理由です。その論理は、AIが「計画(Plan)」業務に伴う知的コストと負荷を劇的に引き下げ、実行(Do)チームによる「計画」の兼任を可能にする点にあります。
- 「計画(Plan)能力」の民主化と高速化:
AIは、これまで専門の「計画者」が担ってきた高度な知的作業(市場分析、データ解釈、戦略修正)を支援・自動化し、それを現場チームの手に渡します。AIエージェントがリアルタイムで市場動向や顧客フィードバックを分析・要約し、AIが次の行動のリスクをシミュレーションすることで、チームはデータに基づいた「次の計画」を自ら迅速に立案できます。 - 「実行(Do)業務」の効率化による「余力」の創出:
生成AIは、従来の「作業者」が担っていた実行業務(コーディング、テスト、ドキュメント作成など)を高速化・自動化します。これにより、チームメンバーは単純作業から解放され、認知的な「余力」が生まれます。この余力を、AIが支援する「計画」業務(顧客との対話、データ分析、戦略考案)に振り向けることができます。
AIは、実行(Do)の負荷を減らし、計画(Plan)の能力を与えることで、チームが両方の役割を「ムリなく」兼任できる状況を作り出します。 - 「抽象的な摩擦」の根本的解消:
AIによって「計画と実行の一体化」が促進されると、「計画者から作業者へ」という情報伝達(ハンドオフ)や「承認待ち」といった「抽象的な摩擦」そのものが消滅します。チーム(とAI)が分析し、チーム(とAI)が実行するため、情報伝達ミスやコンテキストの損失というムダが根本から解消されます。
このように、生成AIは人間の「知的・認知的な能力」を拡張し、「一体化」に伴う人間の認知的限界を克服する支援をします。
V. DX変革の実践ロードマップ:「自律的チーム」をいかに実現するか
DXの筋道とは、技術導入のロードマップではなく、俊敏性を発揮できる組織へと自らを作り変える「組織変革」のロードマップです。
DXが目指すべき変革は、「計画者と作業者の一体化」を実現すべく、組織構造や意思決定プロセスといった企業活動の根幹となっているメカニズムを新しく作り変えることです。
例えば、テイラー主義の象徴である「スタッフ・ライン組織」は、まさに「計画者(スタッフ)」と「作業者(ライン)」の分離を前提とした構造です。俊敏性を獲得するには、この構造を打破し、フラットな(あるいはネットワーク型の)組織へと転換し、現場チームへ権限移譲を断行することが不可欠です。
しかし、単なる権限移譲は、組織の無秩序(エントロピーの増大)を招きかねません。ここで「デジタル(D)」と「AI」が、この変革を支援する強力な手段として機能します。
デジタル技術は、組織全体の情報をリアルタイムで共有・可視化し、各チームの活動成果(アウトカム)を客観的なデータとして伝達します。これにより、一見すると相反する「現場チームへの権限移譲(俊敏性の獲得)」と、「組織全体の目標達成に向けた整合性・統制(ガバナンスの維持)」を、高い次元で両立させることが可能になります。
この変革のロードマップは、最終的に「自律的チーム」の実現へと集約されます。
変革の中核:「自律的チーム」の能力・特性と育成
ここで言う「自律的チーム」とは、単に「自分たちで仕事を進めるチーム」ではありません。それは、「計画者と作業者の一体化」を体現し、不確実な市場環境下で俊敏性を発揮するための、中核的な組織単位です。
具体的には、以下の能力と行動特性を持ったチームを指します。
- ① 目的・成果へのオーナーシップ(計画者の視点):
チームは、上から与えられた「作業(How)」ではなく、達成すべき「ミッション(What)」と「顧客価値(Outcome)」に対して全責任を負います。彼ら自身が、その成果を最大化するための「計画者」として行動します。 - ② 自己完結型のスキルセット(クロスファンクショナル):
ミッション達成に必要なすべての専門スキル(例:企画、データ分析、設計、開発、マーケティング、運用)がチーム内に「埋め込まれ」ています。これにより、外部の承認や他部門の支援を待つ「抽象的な摩擦」を最小限にします。 - ③ 即時的な意思決定と実行(権限移譲):
チームは「How(どうやるか)」を決定する権限を全面的に移譲しています。市場の変化や顧客の反応を検知(Plan)した瞬間、彼ら自身が「お伺い」を立てることなく、「即決・即断・即実行(Do)」に移すことができます。 - ④ 高速な学習と適応(フィードバックループ):
完璧な計画(ウォーターフォール)に従うのではなく、「構築・計測・学習」の高速フィードバックループを実践します。最小限の価値(MVP)を市場に問い、得られたデータ(現実)に基づいて自らの計画を「即時修正」し、適応し続けます。 - ⑤ データ駆動の行動様式:
彼らの意思決定は、個人の経験や勘ではなく、顧客の行動やビジネス上の成果(アウトカム)といった客観的なデータに基づいています。
このようなチームは、従来の「作業者」や「専門家」を集めただけでは機能しません。構成員一人ひとりのマインドセットとスキルの変革が不可欠です。
- ① T型スキル(専門性と越境力)の育成:
従来は単一の専門性(I型)で十分でしたが、自律的チームでは、深い専門性(縦棒)に加え、他分野(企画、データ、デザイン等)を理解し共感する幅広いつながり(T型の横棒)が求められます。これは、クロスファンクショナルな環境で協働する経験を通じて最もよく育ちます。 - ② ビジネス・顧客視点(当D者意識)の醸成:
「作ること(Output)」から「成果を出すこと(Outcome)」へ視点を転換させます。そのためには、エンジニアやデザイナーであっても、顧客のフィードバックに直接触れ、ビジネス上のKPI(重要業績評価指標)を共有する機会が不可欠です。 - ③ 心理的安全性の確保:
チームが「即決・即断」し、高速なフィードバックループを回すには、失敗(=学習)を恐れずに実験できる文化が必須です。リーダーは、メンバーが率直に意見し、リスクを取ることを奨励する「心理的安全性」の高い環境を意図的に作る必要があります。
「自律的チーム」を機能させる4つの変革ステップ
個人の育成だけでは不十分です。チームが自律性を発揮できる「環境(組織システム)」そのものを変革しなければなりません。自律的チームを機能させるには、以下の4つの変革が不可欠なセットとなります。
1. 組織構造の変革:機能別サイロから「自律的チーム」へ
- 何を実践するか: 「企画部」「開発部」「営業部」といった機能別・縦割りの組織(サイロ)を解体します。
- どう変えるか: 顧客価値の創出という単一のミッション(成果)に対し、必要なスキル(企画、開発、マーケティング、データ分析など)をすべて内包した「クロスファンクショナル・チーム」を編成します。旧来のスタッフ部門(企画、分析等)の専門家は、このチームに「埋め込まれ」ます。
- なぜか: チーム内で計画と実行が完結し、「抽象的な摩擦」の最大の原因であった部門間の承認リレー(手待ち)と情報伝達(運搬のムダ)を撲滅するためです。
2. 権限と役割の変革:指揮命令から「権限移譲(エンパワーメント)」へ
- 何を実践するか: 上位の管理者が詳細な指示を出し、現場の進捗を管理する「指揮命令型」のマネジメントを放棄します。
- どう変えるか: リーダーの役割は、チームに「Why(なぜやるのか:ビジョン)」と「What(何を達成すべきか:ミッション)」を明確に示すことに変わります。具体的な「How(どうやるか)」の決定権限は、全面的に現場の自律的チームへ権限移譲(エンパワーメント)します。
- なぜか: 現場が「お伺い」を立てることなく、変化に対して即決・即断できる「自律性」を担保するためです。
3. プロセスの変革:ウォーターフォールから「高速フィードバックループ」へ
- 何を実践するか: 数ヶ月単位の完璧なマスタープランを策定し、その通りに実行するプロセスを止めます。
- どう変えるか: 「まず最小限の価値(MVP)を市場に投入し、顧客の反応を計測し、そこから学び、次の行動を修正する」という、短サイクルの「構築・計測・学習」ループを実践します。
- なぜか: 不確実な世界では、計画は「仮説」に過ぎません。予測に頼るのではなく、現実のフィードバックによって「即時修正」し続けるプロセスこそが、俊敏性の源泉です。
4. 評価基準の変革:生産量(Output)から「顧客価値(Outcome)」へ
- 何を実践するか: 「計画通りに機能を作れたか」「予算内に収まったか」といった、効率性や生産量(アウトプット)に基づく評価を止めます。
- どう変えるか: 「顧客の行動を変えられたか」「ビジネス上の成果(例:成約率、解約率)が向上したか」といった、顧客価値や事業成果(アウトカム)に基づいてチームを評価します。
- なぜか: 組織の行動は評価基準によって決まります。「アウトプット」を評価すれば組織はテイラー主義に回帰し、「アウトカム」を評価すれば組織はアジャイルな行動(=成果のための計画変更)を自ら実践するようになるためです。
VI. DXがITパートナー(SIer)に迫る変革:人月ビジネスの終焉
本レポートで論じてきた「俊敏性の獲得」という課題は、そのままシステム開発の世界にも当てはまります。
システム開発もまた、変化に俊敏に対処するための能力が求められており、アジャイル開発やDevOpsは、まさにそのための考え方であり手法です。そして、クラウドやAIは、この転換を決定的に加速させます。
ユーザー企業が、俊敏性こそが自社の存続や事業継続において不可避であると認識するならば、その俊敏性をシステム開発においても担保するため、外注に依存する体制から脱却し、アジャイル開発、DevOps、クラウド、AIを前提とした「システム内製化」を加速させることは、論理的な帰結と言えます。
この潮流は、従来のSI(システムインテグレーター)ビジネスが収益の源泉としていた「工数需要」、すなわち「人月ビジネス」の成長余地が、もはや存在しないことを示唆しています。
ならば、SI事業者はどうすべきか。それは、システム内製化を実現し、俊敏性を獲得したいと願うクライアント企業を「支援」するパートナーへと、自らのビジネスモデルを変革することです。
それは単なる「スキルトランスファー」ではありません。クライアントがシステムの開発や運用に真の俊敏性を持たせるための、より本質的な支援です。具体的には、以下のような支援が中核となります。
- クライアント企業がV章で示した「自律的チーム」を機能させるための、組織構造、権限移譲、評価基準の変革といった「組織変革そのもの」を支援するコンサルティング。
- アジャイルコーチやDevOpsエンジニアをクライアントのチームに伴走させ、心理的安全性やT型スキルの醸成、高速フィードバックループの実践を支援するコーチング。
- クライアントの自律的チームがビジネス価値(アウトカム)の創出に集中できるよう、CI/CDパイプライン、クラウドネイティブ基盤、データ/AIプラットフォームを迅速に整備・運用する技術支援(プラットフォーム・エンジニアリング)。
- 俊敏性を担保できる柔軟なアーキテクチャ(マイクロサービス、疎結合)への移行を主導するアーキテクチャ設計支援などです。
これは、SI事業者にとって、収益の前提そのものが変わることを意味します。つまり、既存事業の延長線上ではない、まったく新しい会社に生まれ変わること(=変革)であり、その覚悟が求められています。
VII. 組織変革の実践こそがDXである
DXとは、デジタルツールを導入する「プロジェクト」ではありません。それは、テイラー主義によって最適化された、安定志向の「計画・実行分離型」組織を解体し、不確実性に対応できる「計画・実行一体型」の俊敏な組織へと生まれ変わる「終わりのない組織変革のプロセス」そのものです。
デジタル化による効率向上(デジタル・テイラー主義)で満足するのか、それとも、俊敏性を獲得するために組織構造にメスを入れる真の変革(DX)に踏み出すのか。
この筋道は、後者を選択し、実践することを強く促すものです。なぜなら、変化への適応を止めた組織は、どれほど効率的であっても、やがて淘汰されるからです。
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