先日、知人のエンジニアである経営者が、私にこう漏らしました。
「斎藤さん、この私がですよ、最近まったくコードを書いていないんですよ。信じられますか?」
彼は、三度の飯よりコードを書くのが大好きな人間です。もちろん技術力もずば抜けており、世間からは「フルスタックエンジニアの見本」のような存在として評価されています。コードを書く以外にも、ユーザーとのコミュニケーション、仕様の策定、UI、DB、インフラまで幅広く理解し、高いレベルで対応できる能力を持っています。
そんな彼が、「コードを書いていない」というのですから、これは驚きです。
AIが自分を超えた日
そのきっかけとなったのが、今年の8月にリリースされた「Claude Opus 4.1」だったそうです。
それまでも、彼は「Claude Code」(Anthropicが開発したコーディングツール)を使っていたそうですが、あくまで補助的な位置づけでした。
しかし、Opus 4.1を使ってコードを書かせてみたところ、「自分に勝るとも劣らない、下手をするとそれ以上かもしれない品質のコードを書くようになった」というのです。
「エンジニアというのは、楽できるなら、とことん楽をしたい生き物です。それを追求するから、スキルも身につくわけです。コードを書かなくて良いとなれば、こんな楽なことはありません。だから、コードを書くのを辞めたのです。」
これを機に、彼はこれまでオフショアにアウトソースしていた、コード生成と検証作業もきっぱりと辞めたそうです。
「自分たちがやることは、大きく変わっていません。オフショアに仕事を出すにも、丁寧な要件定義は必要です。そこは、これまで通り自分たちが行い、その先の作業をオフショアからAIに切り替えただけのことです。」
AIに切り替えた3つのメリット
そのメリットを聞いてみると、次のようなポイントが見えてきました。
- 仕事が速いAIは瞬時にコードを生成します。検証して、修正をさせるにしても、そのサイクルが人間とは比較にならないほど高速です。従来の開発サイクルでは数日かかっていた修正が、AIなら数分で完了することもあります。結果として、品質の作り込みと納期の短縮が同時に実現できてしまうそうです。
- コード品質のばらつきがない人間の作業と比べて、AIが生成するコードのスタイルや書き方にばらつきがありません。可読性も高く、非常に検証しやすいとのことです。
- 人間的気遣いがなくなるこれが最も大きなメリットの一つだと彼は言います。
「修正や仕様変更の指示を出すにも、人間なら相手の『気持ち』を考慮しなくてはなりません。AIであれば、『えっ、またですか?』、『これ、本当に必要なんですか?』といったリアクションはありませんから、いくらでも気兼ねなくできます。精神的に、大いに楽になりました。」
検証すらも外部委託する時代へ
いまでは、受け入れの検証も行わなくなったそうです。AIの生成するコードの品質が非常に高く、検証の必要すら感じなくなったからだといいます。AIが生成するテストコードのカバレッジが極めて高いことも、その判断を後押ししているそうです。
しかし、それでは納品物としての品質担保は大丈夫なのでしょうか?その問いには、次のような答えが返ってきました。
「いまは、検証を専門にやってくれるベンダーがあるので、仕様とAIが生成したテストコードを提供すれば、彼らが代わりにやってくれるので、自分たちがやらなくても大丈夫なんですよ。」
彼の会社は少人数ですが、このような工夫により、売上も利益も着実に伸ばしているといいます。
採用方針の変化:「コードを書けない人材」の可能性
さらに驚くべきことに、彼は採用の方針も変えようとしています。
そのための実験として、なんとコードをまったく書けない人材を採用し、システム開発ができるかどうか試しているそうです。
新たに採用した人材は、以前はデザイン系の仕事をしており、コードを書いたことはありませんでした。ただし、「コミュニケーション能力」「論理的思考力」「言語化能力」は非常に高かいそうです。対話を通じて相手の意図を正確に汲み取り、それを仕様書に落とし込む能力に優れていたのです。
そんなIT初心者に「Claude Code」の使い方や、最低限のシステム開発のいろは(コーディング技術ではありません)を教えたところ、結果は見事なものになりました。
「なまじ、コードを書ける人材よりも、良いコードを書けるくらいです」と彼は言います。
「コードを書けるかどうかは、もはや採用の条件ではないですね。 相手の意図をくみ取り、言葉にできる能力が何よりも大切です。これが、AIを使いこなす側の人間に求められる、最も重要なスキルになっていくでしょう。エンジニアの育成も、その方向に重心を置こうと思っています。」
2018年から見えていた未来
実は、このような状況になることを、彼は2018年頃から想定していたそうです。
彼は、以前からディープラーニングについての研究も行っていました。2018年に高性能なLLM(大規模言語モデル)の先駆けであるGoogle「BERT」が登場したとき、彼はこう直感したといいます。
「自然言語で、これだけのことができるのなら、曖昧さの少ない人工言語(例えば、プログラム言語)なら、極めて高い精度で文章(プログラムコード)の生成ができるようになるに違いない」
そうなれば、受託開発などの人月ビジネスは成り立たなくなる。それに備えなくてはと、早い段階から、今で言う「AI駆動開発」の可能性を探り、ノウハウを身につけてきたそうです。合わせて、独自のSaaSビジネスの開発にも力を入れ、やっとその成果が事業収益に貢献するようになってきたところでした。
「想定よりも3年くらいは前倒しで、この段階に来ている」と、彼は少し焦りも感じているようでした。
本当の競合は「ユーザー企業」になる
「このころから、私たちの競合は、SIerではなく『ユーザー企業』だと想定していました。」
こんなことが普通にできるようになれば、ユーザー企業は、自分たちでシステムを開発するようになります。当然、システム開発の労働力を外注することはなくなります。
「そういう時代になっても、自分たちが会社として生き残るには、サブスクリプションのような継続的な収益を確保できるビジネスを作る必要があります。また、システムを作ることそのものではなく、どのようなシステムを作ればいいのかを、お客様に提言できる能力も必要です。そんな技術力を磨いていかなければ、私たちは、自分たちの存在意義を失ってしまうとの危機感をいだいていました。」
「Tiny Teams」という新しい開発体制
最近、「Tiny teams = AI x 少数精鋭 × 超高速開発」という言葉を聞くようになりました。
「Tiny Teams」とは、文字通り「小さなチーム」のことですが、AIの能力を最大限に活用することを前提としたチームを指します。AIによる圧倒的な生産性向上を武器に、従来の数十人、数百人規模の大規模チームと同等か、それ以上の開発速度と成果を叩き出す少数精鋭の部隊です。
このようなやり方でシステムが開発されるようになれば、もはや人月ビジネスは成り立ちません。
「ならば自分たちも同様の能力を磨き、競合であるユーザー企業を越えなくてはなりません。そして、彼ら以上の技術力で、ユーザーを導き、彼らの事業の成果に貢献しなくてはならないのです。」
あなたの「備え」はできていますか?
AIの能力が十分なレベルに達したとしても、それをシステム開発に活かしていく環境が、現時点ですべての企業で十分に整備されているとは言えません。
スーパーエンジニアである彼だからこそ、その不足する部分を自らの高いスキルで補い、他社に先駆けてAIを駆使したこのようなやり方を実現できたことは間違いないでしょう。
しかし、彼が今できているということは、近い将来、たぶん1〜2年のうちには、他の誰もが使える環境が整うことになるのは、想定しておくべきでしょう。
開発の手法が根本から変わろうとしている今、その時、あなたは何を価値として提供できるのでしょうか。
その備えは、もうできているでしょうか。
「システムインテグレーション革命」出版!
AI前提の世の中になろうとしている今、SIビジネスもまたAI前提に舵を切らなくてはなりません。しかし、どこに向かって、どのように舵を切ればいいのでしょうか。
本書は、「システムインテグレーション崩壊」、「システムインテグレーション再生の戦略」に続く第三弾としてとして。AIの大波を乗り越えるシナリオを描いています。是非、手に取ってご覧下さい。
【図解】これ1枚でわかる最新ITトレンド・改訂第5版
生成AIを使えば、業務の効率爆上がり?
このソフトウェアを導入すれば、DXができる?
・・・そんな都合のいい「魔法の杖」はありません。
神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
8MATOのご紹介は、こちらをご覧下さい。




