「営業は終わった。いつまでこんな仕事にしがみついているのか。」
私がそう書いたのは2018年のことだ。あれから年月が経ち、社会は大きく変わった。とりわけAIの急速な発展は、当時の私が想像した以上の速度で、この問いに最終回答を突きつけようとしている。かつては「終わるべきだ」という警鐘だったものが、いまや「終わらされる」という現実になった。
営業という言葉にまとわりつく匂いは、相変わらず前時代的で腐臭さえ漂っている。強引なアポ取りと売り込み、天高く積まれる予算の重圧、駆け引きと価格交渉そして結果としての値引き、気むずかしいお客様への根回しと説得、他社製品の批判と自社製品の美化、予算達成ができないことを仕方がないと思わせる言い訳づくり。こんなことに気力や体力を消耗しているのなら、とっととやめてしまった方が人生は楽になる。
いや、やめる決断すら、もはや必要ないのかもしれない。この種の営業の仕事は、AIが丸ごと引き受けてくれるからだ。
お客様の情報を集め、整理する。提案書を書き、見積もりを作る。商談を記録し、要約し、フォローアップのメールを送る。市場を分析し、案件の確度を予測する。かつて営業の「仕事」とされてきた作業のほとんどは、いまやAIが人間よりも速く、正確に、しかも不平ひとつ言わずにこなしてしまう。AIエージェントは、人間の指示を待つことなく、これら一連の業務を自律的に遂行しつつある。与えられた仕事をこなすことを営業の仕事と信じ、日々をこなしてきた人たちにとって、これは静かな、しかし決定的な宣告である。あなたの仕事は、もう人間である必要がない、と。
残念なことに、当事者本人にこの現実への自覚がない。営業とはかくあるべしとの刷り込みから抜け出すことができず、それがお客様のため、あるいは会社のためと思い込んでいる。自分の考えを変えるよりも、世の中の常識を自分に都合がいいように調整してしまった方が楽だからだ。
営業当事者だけではなく、組織ぐるみでこの現実と向きあうことを避けている。旧態依然とした営業のあるべき姿を築き上げ、自分たちにとって都合のいい現実を作り上げて、自分たちの居場所を守っている。AIの導入を検討するにしても、既存の営業プロセスを効率化する道具としてしか捉えない。腐臭を放つやり方を、AIで高速化してどうするのか。それは、時代遅れの製品を、より効率よくお客様に売りつける仕組みを作ることに他ならない。
これではダメだ、お客様のためにはならないと思っても、それを口に出すことがタブーとされる空気。オープンな意見を求める幹部や経営者も、聞くだけで行動に移すことはない。そして、「だからウチはダメなんだ!」と、現場は愚痴るだけだ。この構図もまた、8年前と変わっていない。変わったのは、猶予の残量だけである。
変わらないもの
一方で、仕事に誇りを持ち、お客様にも感謝され、会社の業績にも貢献している「営業」と称する人たちがいる。彼らに「前時代的腐臭」はない。むしろお客様に求められ、その訪問を首を長くして待ち焦がれさせる存在だ。そして重要なことに、彼らのやっていることの本質は、AIがどれほど進化しようとも、いささかも古びていない。
彼らは、お客様に悩み事を蕩々と語らせる。お客様の混乱した頭の中を整理し、なるほどそういうことだったかという気付きを与える。そして、お客様はこんなことをしたい、こうなりたいと語り出す。ならば、こんなあるべき姿を目指してはどうかと、お客様の未来を語る。それは方法や手段ではない。ましてや製品のことではない。社会のこと、テクノロジーのこと、ビジネスのことだ。どのようなあるべき姿がお客様にとっての理想なのかを、豊富な知識と確固たる信念で語る。お客様はその話に引き込まれ、彼らの描く未来を、自分の未来として描くようになる。
「是非、そんなあるべき姿を実現したい!」
お客様が心の底からそう声を上げたとき、彼らはひとつの役割を終える。お客様は、そんな彼らとの対話の時間に感謝する。対話を通じて、自分たちのなすべきことを整理でき、決心を固めることができるからだ。お客様は彼らを手放さない。その実現についても相談したいと思う。結果として、案件が成立する。
なぜ、この本質はAIに奪われないのか。
AIは、問えば答える。しかし、お客様自身がまだ言葉にできていない問いを、対話の中から引き出し、揺さぶり、覚悟を促すことはできない。AIは、確率的に最もそれらしい未来を描いてみせる。しかし、自らの信念を賭けて「あなたはこうあるべきだ」と語り、その責任を引き受けることはない。信頼とは、リスクを引き受ける主体の間にしか成立しない。あるべき姿への決断を迫られたお客様が最後に求めるのは、正解の候補を列挙する知性ではなく、共に賭けてくれる相手なのだ。
AIを味方につける
だからといって、彼らがAIと無縁でいられるわけではない。ここが、2018年に私が書いた文章に欠けていた論点である。
彼らのような存在であるためには、社会のこと、テクノロジーのこと、ビジネスのことを、豊富な知識と確固たる信念で語れなくてはならない。かつて、その知識を蓄えるには長い年月と経験が必要だった。いまは違う。AIは、この学びの速度を劇的に引き上げる。最新のテクノロジー動向を整理させ、お客様の業界構造を分析させ、自らの仮説を壁打ちし、反論させ、鍛え上げる。一人で百人の専門家と対話するに等しい環境が、すでに手元にある。これを使わない理由はない。
また、彼らの時間は、お客様との対話にこそ注がれるべきだ。資料作成や情報収集、社内調整といった作業にAIを徹底的に働かせ、自らは人間にしかできない仕事、すなわち対話し、信頼を築き、あるべき姿を共に描くことに集中する。AIに仕事を奪われるのではない。AIに作業を任せ、仕事の本質を取り戻すのだ。
誤解を恐れずに言えば、こういうことだ。営業がAIに置き換えられるのではない。AIを使いこなし、本質に立ち返った営業が、そうでない営業を置き換えるのである。
さらに言えば、AIを日常的に使い倒していることは、お客様に対する説得力の源泉でもある。AIがビジネスをどう変えるのかを語る本人が、AIを使えていないとすれば、その言葉に誰が耳を貸すだろうか。自らが実践者であること。自らの働き方の変革をもって、お客様の変革を語ること。それが、これからの信頼の最低条件となる。
「共創」の覚悟
テクノロジーの進化やビジネス環境の変化は、物販や工数での収益拡大を難しくしている。AIによる開発の自動化は、この流れに拍車をかける。売るものがなくなり、数字を達成できない営業に存在意義はない。
それを見越してか、「共創」を看板に掲げる企業は、いまも増え続けている。一緒になって新しい時代のお客様の価値を作ってゆきましょうというかけ声は素晴らしいが、何をしようというのだろう。
共創とは、それぞれに持てる価値を出し合い、対等にお互いの役割を果たしてこそ成立する関係だ。だから、お客様に提供できる価値がなければ共創は成り立たない。ここで言う価値とは、技術力であり、それをお客様の価値に置き換えるストーリーを描く力だ。自分たちの理想と信念を示し、お客様と対話し、なにが最適な答えなのかをまとめ上げるデザイン力も必要となる。お客様から求められて製品や労働力を調達する力ではない。そのような力は、もはやクラウドとAIに置き換えられた。「置き換えられる運命だ」と書いたのは8年前のことだが、運命はすでに現実となっている。
お客様のあるべき姿を実現するために全力を尽くすといいながら、リスクはお客様に負わせ、自分たちにはリスクがないように徹底して配慮するといったメンタリティでは、「共創」は成り立たない。手にするメリットも失うリスクも共に共有してこそ成り立つのであって、その覚悟もまた大切な要件となる。この点においてもAIは試金石となる。AIは知識を平準化し、情報の非対称性を消し去ってゆく。知っていることの切り売りで対価を得る商売は、もう成り立たない。残るのは、信念と覚悟という、コピーできないものだけだ。
「営業」の再定義
腐臭を放つ営業は終わりにしよう。いや、AIが否応なく終わらせる。ならば、終わらされるのを待つのではなく、自らの意志で終わらせ、お客様の未来を実現するという本来の目的に立ち返ろうではないか。
必要な常識を持ち、未来に至る地図を持ち、そこに至る物語を描くこと。
お客様と対等に渡り合い、対話して、相手の考えや想いを「あるべき姿」に昇華させること。
自社だけではない様々なプレイヤーやステークホルダーを束ね、ひとつの方向に向かわせるプロデュースとリーダーシップの能力を持つこと。
そして、AIを最強の相棒として使いこなし、人間にしかできない役割に自らの時間と情熱を注ぎ込むこと。
そんな力を持つ人たちを、古くさい「営業」という言葉でくくってしまいたくはない。「営業」の再定義が必要だ。それはもはや「営業」という言葉ではないのかもしれない。むしろ積極的に「営業」という言葉を終わりにして、新しい言葉を与えるべきかもしれない。
AIは、営業を終わらせる。しかし同時に、営業がずっと置き去りにしてきた本来の価値と目的を、これ以上ないほど鮮明に照らし出してもいる。
時代は、いまそんな人材を求めている。
このたび、拙著『AI実践ドリル30日チャレンジ〜仕事にすぐ効くAI活用(日経BP刊)』が、出版されました。
本書は、巷に溢れる単なる「プロンプト集」や「操作マニュアル」のようなテクニック習得本ではありません。
生成AIという強力な相棒を使いこなすプロセスを通じて、まさにこの「生成の先にある真価」を身体で体験し、古い頭の使い方を捨て去って「仕事の思考回路」を根底から書き換えるための実践の書です。
「生成AIの真価は、生成の先にある」という最も大切な本質を、あなたの身体で体験し、それにハッと気づかせてくれるドリルです。
AIという最高の相棒を引き連れて、あなたの中に眠る「志」と「熱意」、そして「身体と心」を原動力に、走りながら新しい未来への地図を自らの手で創り出していきましょう。
今、「AIをどう使うか」という段階は終わり、「AIと共にどう変わるか」が問われる時代へと、世終は大きく変わりつつあります。変化はAIだけではありません。ITの潮流もまた、「レガシーIT」から「モダンIT」へと構造的な転換期を迎えています。
営業職であれエンジニア職であれ、新入社員や若手がこの「現実」を知らないまま現場に出ればどうなるでしょうか。お客様との会話は噛み合わず、信頼を得ることは難しいでしょう。その結果、せっかくの才能を持ちながら、仕事への自信を失ってしまうことになりかねません。
そのような不幸なミスマッチを少しでも減らしたい!この研修は、そんな想いから始まりました。
今年で10年目を迎えますが、これまでの経験を土台に、変化の速いIT常識の全体像を、基礎・基本やビジネスとの関連性とともに分かりやすく紐解きます。さらに、ITプロフェッショナルとしてどう役割を果たし、どう学び続けるべきか、AI時代に即した「すぐに使える実践ノウハウ」も解説します。
お客様の言葉が理解できる。社内の議論についていける。そして何より、仕事が楽しくなる。そんな「確かな自信」を、本研修を通じて手にしていただければと願っています。
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新入社員のための1日研修 「IT営業のプロセスと実践スキル」
IT営業の役割や仕事の進め方を学び、磨くべきスキルを考えます。また、AIを武器に、先輩にも負けない営業力を磨く方法についても解説します。





