「うちの会社は考え方が古くて、おっしゃるようなことは、簡単にできそうにありません。どうすればいいのでしょうか。」
講演が終わった後に、このようなご質問を頂きました。私がその講演でお話ししたのは、次のようなことです。
「DXを実践するには、自律したチーム、失敗を許容する文化、そして既存のやり方に拘らず正しいことを行う勇気が必要です。」
このようなご質問を頂くことは、決して少なくありません。あるいは、次のようなご相談を頂くこともあります。
「経営者や上司をどうすれば、変えることができるでしょうか。」
「これから先、世の中はどうなっていくのでしょうか。私たちは何をすればいいのでしょうか。」
こうしたご質問の根底にあるのは、「誰か」が自分たちのために何かをしてくれることへの期待なのでしょう。いや、期待というよりも、それが当然であり、現状がうまくいかないのは、その「誰か」が何もしてくれないからだ、という他責の念があるのだと思います。
もし会社が変わらないのなら、あるいは経営者や上司が変わらないのなら、まずはご自身を変えることから始めてみてはいかがでしょうか。これから世の中がどうなるかを憂う前に、ご自身が世の中をどうしたいのか、そのために何ができるのかを考えてみるのです。
どのような立場であろうとも、誰もが皆、それぞれの当事者です。平社員であろうと、社長や上司であろうと、政府や自治体の長であろうと、それぞれの置かれた場所での当事者なのです。ですから、それぞれに「正しい」と思うことを、ご自身の果たすべき役割の範囲で、実際に試してみてはいかがでしょうか。もちろん、一人の力でできることには限りがあります。それでも、一歩を踏み出してやってみる価値は十分にあります。
ここで、ある具体的なエピソードをご紹介します。ある伝統的なSI事業者で、入社3年目の若手社員が、AI駆動開発の圧倒的な可能性に気づきました。彼は個人的にClaude CodeなどのAIエージェントツールを導入し、業務の合間を縫って様々な試行錯誤を始めたそうです。あるとき、先輩社員からプロトタイプの開発を任されました。彼はその要件を聞いた瞬間、「これはAIを駆使すれば、すぐに高品質なものができるはずだ」と直感し、なんと翌日にはプロトタイプを完成させて報告したと言います。
先輩社員は、通常であれば1週間はかかるだろうと思っていた作業を、翌日に、しかも非常に完成度の高いコードとして持ってきたことに大変驚いたそうです。さらに驚くべきことに、AIと対話しながら生成したそのコードは、社内の厳しい品質管理基準にも十分合致するレベルでした。彼はこれを機に、「AIを使えばこんなに早く、しかも高品質な開発ができますよ」と、周囲に向けて積極的に発信し続けたそうです。そうこうしているうちに、彼の取り組みに興味を持ち、「これはすごい」「自分もやってみたい」と共感する人が少しずつ増えていきました。
そんなあるとき、極めて短納期が求められる小さな案件が舞い込みました。彼の上司は、規模も小さくリスクは限定的だと判断し、思い切ってその仕事を彼に任せることにしました。その頃には、既にAI活用に関心を持つ勉強仲間が何人か集まっていたため、彼らはチームとしてClaude Codeなどを駆使してその案件に取り組み、あっという間に仕上げてみせたのです。もちろん、事前の想定通り、社内の厳しい品質基準もしっかりとクリアしていました。その圧倒的なスピードと品質に、お客様も大変満足され、無事に納品に至りました。
それをきっかけに、そのお客様からは「あのスピードと品質で対応してもらえるなら」と、同様の要望が何度も舞い込んでくるようになりました。これらの仕事は、AIの力を借りることで開発工数が圧倒的に少なくて済むため、結果として利益率は非常に高いものになりました。こうした成功体験が重なり、彼のチームは社内でも「あそこは何か違うぞ」と一目置かれる存在になっていったのです。
そんな噂を聞きつけた営業部門からは、スピードが求められる案件が彼らのもとへ沢山舞い込むようになりました。結果として、会社としてもこの小さなチームの大きな成果を無視できなくなり、AI駆動開発やアジャイル、DevOpsといったモダンな開発体制を、会社を挙げて本格的に整えることになったのです。
現在のその会社は、いまだに売上の大半は旧来のやり方によるものですが、そこでの営業利益率は決して高くありません。しかし、新しく作られたAI活用チームが手がける案件は、売上規模こそまだ小さいものの、利益率は極めて高く、今や会社の利益を支えるまでに成長しています。そして会社全体としても、この新しいモデルに本腰を入れて、AI人材の育成や新規案件の獲得に積極的な、新しい組織へと生まれ変わりつつあります。
彼は、自分が「正しい」と考えたことを実践し、そこから得られた成功も失敗も包み隠さず発信し続けたそうです。最初は関心を示す人は少なく、冷ややかな目で見られることもあり、忍耐が必要だったと言います。しかし、諦めずに発信を続けるうちに共感者が増え、新しい技術を共に学ぶ仲間ができ、仕事がどんどん楽しくなっていったそうです。そうして周囲が関心を持ち、多くの人たちが彼らの成果を明確に認めるようになったとき、会社全体の流れが一気に変わったのです。
確かに、経営者がトップダウンで強力に推し進めることは、変革のスピードを加速させるでしょう。しかし、現場もまたその方針に呼応して動けるだけの「慣性」を持っていなければ、本当の意味での変革は決して進みません。
だからこそ、私は思います。「誰かが変えてくれること」を求めるのではなく、まずはご自身の手の届く範囲で、できることから始めてみてはいかがでしょうか。それが、どれほど小さなことであっても、とにかく「はじめる」ことです。そして、それを「続ける」ことです。企業変革とは、魔法の杖を振れば一瞬で叶うようなものではなく、地味で、手間がかかり、時間を要する泥臭い取り組みの連続です。DXもAIも、決して振れば願いが叶う魔法の杖ではありません。
「しかし、うちの会社には、そんな新しいことに挑戦できるような文化も風土もありません。」
ここでもまた、堂々巡りの議論が始まります。文化も風土もないからこそ、それを自らの手で創り出していくことが「変革」なのです。企業の文化も風土も、そこに働く人たち一人ひとりが作っていくものであり、ご自身もまた、その文化を形成する当事者であることを自覚すべきです。
「これがこれからの時代の新しい文化だから、明日からこのように振る舞いなさい。」
もし経営者からそう命令されたとして、あなたは直ちにその通りに考え、行動することができるでしょうか。文化や風土とは、日々の行動の結果であり、その積み重ねである「行動習慣」の集積に他なりません。それは、誰かに指示されたり、命令されたりして仕方なく行うものではなく、ご自身の内側から湧き出る自発的な行動であるべきです。
もちろん、最初の一歩はトップからの指示や命令がきっかけであっても構いません。しかし、その意味をしっかりと理解し、必要であれば自らの頭で考えて改善を加え、自発的な行動へと昇華させていけばいいのです。そうやって、ご自身の行動習慣を少しずつ変えてゆき、そこで得た小さな失敗も成功もオープンに発信していく。それに共感する人が一人、また一人と増えていけば、やがてそれが強固な企業の文化へと育っていきます。
そんな「ご自身の行動を変えること」すらも誰かに求めてしまうのだとすれば、それは「会社に風土や文化がない」のではなく、「あなた自身の内側に、新しい風土や文化を育む覚悟がない」ということなのではないでしょうか。
私が主宰するITソリューション塾では、毎期の最後に、DXを自らの手で推し進めてきた実践者たちにお話しを伺っています。今期(第51期 2026年2月〜 4月)は、企業変革の最大の要である「人事」の大胆な改革を実践されている、富士通 取締役執行役員専務CHROの平松 浩樹 氏をお招きします。同社は年功序列を廃してジョブ型雇用やポスティング制度へと移行し、各ポストの役割と報酬を透明化しました。そして社員一人ひとりの自発的な挑戦(キャリアオーナーシップ)を強力に支援する制度を整えることで、「努力し、挑戦する人が報われる組織風土」へと見事な変容を遂げています。そんなリアルな変革の軌跡を4月22日に伺えることを、今から大変楽しみにしています。
これまでにも、多くの実践者たちの生きた言葉を伺ってきました。そんな彼らが一様に口にするのは、「とにかく、はじめること」の重要性です。彼らは最初から「立派なDXの成功事例を作ろう」と意気込んで始めたわけではありません。いま自分が直面している課題に対して、やらなければならないことを真剣に考え、その時点で使える最善の手段(ツールや手法)を採用して実行した。その結果として確かな成果が上がり、後になって周囲がそれを「素晴らしい実践事例だ」と評価するようになっただけなのです。
一方で、こうした実践者たちとは対照的に、自らは具体的な行動を起こさず、現状への不満ばかりを口にする人も少なくありません。「負け犬の遠吠え」という言葉があります。「自分より強い者に直接には手向かわないで、安全な陰から悪口をいうこと」です。自分にはできないから、あるいは、すぐに成果が上がらないからといって、「会社が悪い」「経営者が分かっていない」「世の中が悪い」と他者のせいにします。そして、自分では何も始めないまま「これからの時代はDXだ、AIだ」と声高に叫ぶ。厳しい言い方かもしれませんが、自ら汗をかこうとせずに環境のせいにするその姿勢は、まさに「負け犬の遠吠え」と言えるのではないでしょうか。
たしかに、そうやって自分以外の何かに原因を求めることで、一時的な心の平安を保つことはできるかもしれません。しかし、得られるものはそれだけです。状況は一向に良くなりません。冒頭にご紹介したようなご質問に、申し訳ないとは思いつつも、少し冷めた空気を感じてしまうのは、私がへそ曲がりだからなのでしょう。
DXの定義を深く知るのも結構です。他社の華々しい実践事例を集めるのも良いでしょう。しかし、まずはご自身の目の前にある「正しいと思うこと」から、小さな一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
「所詮は偉い人が考えたことだ」「自分たちとは企業の文化も風土も違うから、同じようにできるはずがない」。そうやって、やらないための「できない理由」ばかりを探し、「だからうちの会社はダメなんだ」と結論づけて歩みを止めるのは、もう終わりにしませんか。
誰かが何かをしてくれるのを待つのではなく、ご自身の手で、今できることからはじめてみてはいかがでしょうか。
それこそが、本物の変革を実践するための、唯一の現実解であるように私は思います。
今、「AIをどう使うか」という段階は終わり、「AIと共にどう変わるか」が問われる時代へと、世の中は大きく変わりつつあります。変化はAIだけではありません。ITの潮流もまた、「レガシーIT」から「モダンIT」へと構造的な転換期を迎えています。
営業職であれエンジニア職であれ、新入社員や若手がこの「現実」を知らないまま現場に出ればどうなるでしょうか。お客様との会話は噛み合わず、信頼を得ることは難しいでしょう。その結果、せっかくの才能を持ちながら、仕事への自信を失ってしまうことになりかねません。
そのような不幸なミスマッチを少しでも減らしたい!この研修は、そんな想いから始まりました。
今年で10年目を迎えますが、これまでの経験を土台に、変化の速いIT常識の全体像を、基礎・基本やビジネスとの関連性とともに分かりやすく紐解きます。さらに、ITプロフェッショナルとしてどう役割を果たし、どう学び続けるべきか、AI時代に即した「すぐに使える実践ノウハウ」も解説します。
お客様の言葉が理解できる。社内の議論についていける。そして何より、仕事が楽しくなる。そんな「確かな自信」を、本研修を通じて手にしていただければと願っています。
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