Alpha Goは囲碁の世界チャンピオン・李世ドル氏を、ponanzaは将棋の叡王戦覇者・佐藤天彦名人をそれぞれ打ち負かし、もはや囲碁や将棋の世界でコンピュータに勝つことはできないとさえ言われています。しかし、Alpha Goやponanzaは、自らの意志で囲碁や将棋の世界で戦いを挑んだわけではありません。人間がそうしようと考え、そのためのプログラム・コードを書いたのもまた人間です。Alpha Goやponanzaが、この勝利の経験を活かして、自ら意志で医療の分野で活躍しようと考えることはないでしょう。
AIの技術を活かしてベンチャー企業を立ち上げようという人はいるかもしれませんが、AIが自らベンチャー企業を立ち上げることはありません。MRI(Magnetic Resonance Imaging:磁気共鳴画像)やCT(Computed Tomography:コンピュータ断層撮影法)の画像から、癌があるかどうかをコンピュータは人間よりも短時間に見つけられるかもしれません。しかし、患者と向き合い勇気づけ、治療方針を話し合うのは人間にしかできないことです。
プログラムのコーディングやシステム・テストはコンピュータに任せた方が効率よく正確にできる時代が来るでしょう。そもそも、プログラミングではなく、業務に関わるデータを投入して学習モデルを選択し、検証のための教師データを用意して確認しつつパラメーターをチューニングすることで業務フローを処理するシステムが生成される時代が来るかもしれません。しかし、どのようなビジネス・モデルにすればうまくいくのか、どのように市場を開拓すれば成功するのかを決めるのは人間の役割です。また、そのシステムを実現するための最適なテクノロジーやアーキテクチャ、学習モデルは何かを判断するのは、人間にしかできないことです。
テクノロジーの発達は、このようなコンピュータと人間の役割の分化を大きくしてゆくでしょう。RPA(Robotics Process Automation)を金融機関が積極的に採用し、大規模な人員削減を進めようとしていることは、そんな変化の先駆けなのかもしれません。また、価格ドットコムや楽天が「どちらが安いか」を簡単に教えてくれるように、同じモノやサービスは容易に比較されるようになり、ならば一番安いところから提供をうけるのは当たり前になるはずです。機械にもできることを人間が手間暇かけてやる方が安いのか、機械に任せた方が安いのかは、考えるまでもありません。
近い将来、このような価格比較はもっと簡単にしかも契約まで含めて自動化してくれるようになるでしょう。そうなったとき機械は最も好条件のモノやサービスを選び、自動で契約して任せてしまう時代も、そう遠い将来の話しではなさそうです。このようなことは、ITビジネスだけの話しだけではなく、あらゆるビジネスの常識になってゆきます。そんな時代への備えはできているでしょうか。
- もっと業務の上流から関わらなければならない。
- 「共創」をすすめお客様と一緒に新たな価値を産み出してゆかなければならない。
- イノベーションを生みだすことに取り組んでゆかなければならない。
そんなかけ声が飛び交っています。そのためにどのような具体的な取り組みをしているでしょうか。
「若い連中には話しているのですが、現場は動こうとしてくれません。意識が低いのでしょうか。いくら話をしても危機感を持ってくれません。どうすれば、彼らを変えてゆくことができるでしょうか。」
経営者や幹部の皆さんを相手にした講演や研修で、こんなご質問を頂くことがあります。しかし、この質問をされる当人の意識はいかがかと思うことがあります。私は次のように答えています。
「業績評価の基準を変え、組織を作り替えることではないでしょうか。売上や利益を業績評価の最優先基準にしてはいないでしょうか。業績が伸びている時代の組織体制をそのままに、事業改革を現場の自助努力に委ねてはいないでしょうか。」
経営者や幹部がやるべきことは、自分たちの未来について明確なビジョンを示すことです。それを実現するために業績評価の基準を変え、組織や体制を作り替えることです。それができるのは経営者です。言葉で危機感を煽るのではなく、カタチを作り、それに従えば自分も評価されるということを体現することで現場が自律的に動く仕組みを作ることが経営者の行うべきことです。自分の役割を棚に上げ、現場の自助努力に頼っているとすれば、経営者や経営幹部は猛省すべきです。
だからと言って、そういうことができない経営者や幹部を評論家のように批判し、自分は何も行動しないというのも如何なものかと思います。自分でできないことは棚上げするしかありませんが、与えられた自分の職責の中で、知恵や工夫を凝らして業績目標を達成するための努力を怠るべきではありません。
テクノロジーの価値や意味を理解し、お客様の経営者と話をし、業務について学び、知恵ある人たちと交流して新しい知恵や気付きを手にすることはAIではできません。そして、お客様と一緒になって、お客様の未来を描き、イノベーションを加速することは、経営者に頼らなくてもできることです。
ひとつの会社がビジネスに必要な資源を全て自前で揃えられる時代は過去の話です。テクノロジーは多様化し、その適用範囲も広範に及ぶようになりました。新しい知識は会社だけで学ぶことはできず独学で学ばなくてはなりません。自社だけではできないことは増え、専門スキルを持った企業とのパートナーシップがなければ、お客様のニーズを満たすことはできません。そのための人脈作りに取り組んでいるでしょうか。社外のコミュニティや勉強会で新しい知識や気付きを得ることや新しい人のつながりを積極的に創り出しているでしょうか。これはAIにできることではなく、経営者に頼る話しでもありません。
「企業は人手不足で頭を抱えているのに、社会には失業者があふれている」
“東ロボくん”プロジェクトを主導した国立情報学研究所の新井紀子教授が、自著「AI vs. 教科書が読めない子どもたち(東洋経済新報社・2018)」にて、こんな未来を予測しています。
「せっかく新しい産業が起こっても、その担い手となる、AIにはできない仕事ができる人材が不足するため、新しい産業は経済成長のエンジンとはならない。一方、AIで仕事を失った人は、誰にでもできる低賃金の仕事に就職するか、失業するかの二者択一を迫られる。」
新井教授は、その先には「AI恐慌」とも呼ぶべき事態が起こると述べています。
「AI恐慌」が起こるかどうかはともかくとしても、IT人材の選別淘汰が進んでゆくことは間違えありません。パターンの決まったシステム・テストや運用管理、与えられた機能を実現するプログラミングなどの”知的力仕事”は、早晩人間がやるよりも機械にやらせた方が、コスト・パフォーマンスは高くなるでしょう。既にインフラの構築や運用は、AIに頼らなくてもクラウドや自動化ツールに頼った方が生産性が高い時代となりました。
一方で、ビジネスのデジタル化が進めばシステムの開発テーマは劇的に拡大します。処理すべきデータ量も指数関数的に増えています。この状況に対応するためには、AIや自動化に頼らなくてはなりません。そのためには、何をするかのテーマを設定し、どのようにAIや自動化の仕組みを駆使すれば、この状況に対応できるかを考える人材が必要になります。また、どのようにデジタル・テクノロジーを駆使すれば、ビジネスの付加価値を高め、競争優位を実現できるかを考える人材もこれまでにも増して求められるようになります。
AI時代にも必要とされる存在になる備えはできているでしょうか。
スマーホンが世の中に登場して10年、ビジネスの常識は大きく変わりました。たぶん来たるべき10年で、テクノロジーはもっと大きな変化を社会に強いるでしょう。私たちは、そこから逃れることはできません。ならば、やるべきことは、分かっているはずです。
最新版【3月版】を更改しました。
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- 新入社員のためのITの基礎知識を最新版に更新しました。
- 「ビジネスエグゼクティブのためのIT戦略塾」で使用した最新トレンドについての講義資料を公開しました。
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プラットフォーム&インフラ編
【新規】従来システムとハイパーコンバージド・システムとの違い p.136
【新規】ハイパーコンバージド・システムのメリット p.137
ビジネス戦略編
【新規】デジタル・トランスフォーメーションの定義 p.18
【新規】ITをビジネスの成果に結びつける考え方 p.48
【新規】事業会社の担うべき責任 p.49
【新規】注意すべきITベンダー・SI事業者の行動特性 p.50
サービス&アプリケーション・先端技術編/AI
【新規】人間は何を作ってきたのか p.10
【新規】知的介助: amazonの戦略 p.32
【新規】学習データと結果の関係 p.93
サービス&アプリケーション・先端技術編/IoT
【新規】デジタル・コピー/デジタルツイン p.25
【新規】amazonのデータ収集戦略 p.26
【新規】IoTビジネスはモノをつなげるのではなく物語をつなげる取り組み p.42
【新規】様々な産業に変革を促すデジタル・トランスフォーメーション p.95
運用と開発編
【新規】変わる情報システムのかたち p.6
【改訂】アジャイル開発の基本構造 p.17
【改訂】スクラム:自律型の組織で変化への柔軟性を担保する p.25
テクノロジー・トピックス編
【新規・改訂】armについての解説を新しい内容に置き換えました p.19-35
ITの歴史と最新トレンド編
【新規】量子コンピュータとは何か p.4
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サービス&アプリケーション・基本編
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その他
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