「斎藤さんは、どうして研修のテキストをデータで渡してしまうんですか。そんなことをしたら、回り回って、誰かにまねされてしまうんじゃないですか。私は、絶対にそんなことはしないですね。」
ベテランの先輩講師から、そんな質問をされたことがあります。なるほど、そういう考えもありますが、研修講師という仕事についての考え方が、この方とは全然違うなあと、思いました。
私は、研修は、落語や漫才といった演芸と同じようなものだと思っています。講義の内容を文字で読んだところで、その場の臨場感は伝わりません。ましてや、文字や図表を見ても、その背後にある、生々しい体験に裏打ちされた感動や感性が伝わることはありません。知識とは、そういうものと一体となって、記憶に深く刻み込まれるものだと思っています。
そういう場を作ることは、研修講師の大切な役割のひとつであると思っています。だから、テキストがいくらコピーされ、いろいろの人の手に渡ったとしても、講義の場に出なければ得られないものがたくさんありますから、テキストを配布することなどたいした問題ではありません。
むしろ、テキストがいろいろな人の手に渡ることで、その講義に興味を持って頂き、こういう内容なら参加したいという意欲を持っていだけるほうが、よほど価値があるのではないかと思っています。
受講者にしてみても、複製できない紙でテキストをもらっても、捨てるに捨てられない書類が増えるだけのことです。また、学んだことは、人に伝えてこそ、自分の真の知識として定着します。紙ではそれが簡単にはできません。せっかく講義にご参加頂いた受講者のご満足を考えれば、紙などは、迷惑なことではないでしょうか。
私は、ITソリューション塾という研修を主催していますが、毎週1回/2時間を10回、年に3期開催しています。毎期60名ほどの方にご参加を頂いているのですが、パワーポイントで作ったプレゼンテーション、計500〜600ページほどを、オリジナルのソフトコピーでそのままお渡ししています。
加工編集は自由、再配布も自由、提案書や勉強会、講義や講演の資料に加工して、自由にお使いくださいと提供しています。
他にも、講演の機会をいろいろと頂くことがありますが、その場合も説明資料は、ソフトコピーで提供するようにしています。
受講者は、それを喜んでくれますし、どんどん活用してくれています。また、講演の主催者も紙で渡さなくて良くなりますから、手間もコストもかかりません。このようなことをしたからと言って、講義への参加者が減ることはなく、むしろ増えているくらいです。
講義の内容がどんどん変わることも、資料を抱え込まない理由でもあります。特にITに関わる内容は、あっという間に陳腐化します。また、人と接し、仕事をこなし、本を読むなど、日常を重ねれば、自然と新たな気付きや解釈が生まれます。自分が正しいと思っていたことが誤っていたことに気付くこともあります。そういうことを素材に、テキストを新陳代謝させなければ、受講される方に面目が立ちません。
また、同じ解釈でも、もっとわかりやすくするにはこの図表をどう改めれば良いのか、表現をどう変えれば良いのかを考えます。
このような改善への取り組みは、講師という仕事であれば当然のことだと思っています。別に講師だから特別というわけではありません。製造業の方でも、小売業の方でも、農業の方でも、自分の仕事で改善を積み重ねることは、当然であり、それが仕事なのです。
だから、そのときにベストなテキストを提供できても、次の講義では、ベストだとは言えません。そんなテキストを自分の知的財産だと後生大事に抱え込んだところで、どれほどの価値があるのかと考えてしまいます。
講義で受講者を眠らしてしまうことも、8割りは講師の責任だと思っています。話が面白くない、あるいは、受講者との対話を怠り、こちらの話を変化させていないから居眠りを誘うのです。
対話と言っても、質疑応答やディスカッションのことではありません。講義をしていると、驚くほど受講者の様子が分かります。つまらなそうだ、疲れてきた、どうもうまく理解できていないようだ、など、受講者の感情が見えるものです。
そういうことに対処することも講師の役割と言えるでしょう。講師の中には、自分の知っていることを蕩々と話される方もいらっしゃいますが、それでは、相手に伝わっているのかどうかが分かりません。
「そんなことは、受講する側に意欲があれば、問題にはならない。受講者に意欲がないことのほうが問題だ」と言う考えもあります。それを否定するつもりもありません。しかし、他の人でも代替の利く内容を講義するとすれば、これはすこし横柄な発想です。研修ビジネスは、はある意味、接客業です。接客の善し悪しが収益に直結していることも忘れてはならないでしょう。
私はもう情報を囲い込んでいられる時代じゃないと思っています。情報は巷にあふれ、本当に学びたい人にとっては、いくらでも情報源があります。そして、それら情報の多くは、ネットを介し、無償で手に入ります。お金を払ってまで講義に出ようということは、内容以上に「講義という時間」を買おうという方です。その場での接客や演出にお金を払うわけです。文字や図表では読み取れない体験的知識を手に入れたいのです。つまり、その場を楽しみ、短時間で効率よく知識を定着させたいのです。これが、研修ビジネスの顧客価値(value proposition)ではないかと思っています。冒頭に、「講義は演芸である」と申し上げたのは、そういう所以です。
「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ」という本をご存知でしょうか。グレイトフル・デッド (Grateful Dead) とは、1960年代から1980年代にかけて活躍したアメリカのロックバンドです。このグループは、コンサートでの録音は自由、そのテープをコピーして配布することも自由にしていました。その結果、ファンはどんどん増えて、コンサートはいつも超満員だったそうです。この本を読んだ時、「先を越された」(笑)とは、思いませんでしたが、やっぱり同じようなことをやっている人は、昔からいるんだなぁと嬉しくなったことを覚えています。
こういうやり方は、むしろ今の時代のほうが、簡単です。ならば、こういうやり方をもっとうまく活かしてゆけば良いと思っています。
最近、世界的規模でインターネットを使って無料のオンライン授業を公開する「大規模公開オンライン講座(MOOC:Massive Open Online Course、通称ムーク)が大きな話題を呼んでいます。参加大学や利用者は拡大を続けおり、その関心は一般にも広がってきています。
海外での急速なMOOCの進展に対応し、我が国でも、2013年2月に、東京大学が、同年5月に、京都大学が参加を表明しています。このような取り組みは、いずれ企業研修でも広まってゆくのかもしれません。
このような既存の収益モデルを破壊するような出来事は、研修ビジネスに限らず、いずれの業種にも起こりうることです。こういう流れが生まれてきた以上、抵抗しても仕方のないことです。むしろいち早く、こういう動きを取り込んで、これまでのやり方を変えてゆくほうが賢明と言えるでしょう。
先日、米国の電気自動車ベンチャー・テスラ社が、同社の持つ特許を開放し、無料で使用できるようにするというニュースが大きく報じられました。テスラの狙いは、特許の開放によって市場参入者を増やし、まずは電気自動車を増やす、ということのようです。普及しないと充電スタンドなどの整備が進まず、結局自社の利益にならないという判断でしょう。また、特許に関する紛争を未然に防ぐという狙いもあるそうです。アメリカでは特許が産業の育成を阻んでいるという批判がでており、一石を投じる意味もあるでしょう。
MOOCにしろ、テスラにしろ、知識に対する価値観が、いま大きく変わりつつあるのかもしれません。そういう変化の流れに抗うことは、簡単なことです。一方、その流れに対応しようとすると、大きなリスクを背負い、エネルギーを使います。
しかし、結局は、お客様が幸せになることに流れは必ず向かいます。ならば、その流れを加速することにいち早く係わり、ノウハウを手に入れた方が得策です。今は、それがどのようなビジネスになるかは分かりませんが、走りながら考え、先を行くことが大切なことなのかもしれません。
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- 朝を征する者は未来を征する
- 手段にしか目を向けていない新規事業など、うまくいくはずはない
- 3年後に今を振り返り、苦々しく思うか、苦労を懐かしむか
- 過去の「普通」は今の「普通」ではないことを忘れてはいけない
- 「納品のない受託開発」という働き方
- 「若者はバカ者」という当たり前を忘れてはいないだろうか
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