デジタル・ビジネス、デジタル戦略、デジタル・トランスフォーメーションなど、「デジタル」という言葉を目にしない日はありません。しかし、「デジタル」とはいったい何でしょうか。そもそも、デジタルであることに、どんな価値があるのでしょうか。なぜこれほどまでに、デジタルという言葉が注目されているのでしょうか。
デジタルとフィジカル
「デジタル(digital)」とは、本来「離散量(とびとびの値しかない量)」を意味する言葉で、連続量(区切りなく続く値をもつ量)を表すアナログと対をなす概念です。ラテン語の「指 (digitus)」を表す言葉が語源で、「指でかぞえる」といった意味から派生して、離散的な数、あるいは数字という意味で使われています。
一方、現実世界(フィジカル世界/Physical Worldとも言う)の「ものごと」や「できごと」は、全て「アナログ」です。例えば、時間や温度、明るさや音の大きさなどの物理現象、モノを運ぶ、誰かと会話するなどの人間の行為もまたアナログです。しかし、アナログのままではコンピュータで扱うことはできません。そこで、コンピュータで扱えるデジタル、すなわち0と1の数字の組み合わせに変換する必要があります。
現実世界のアナログな「ものごと」や「できごと」は、デジタルに変換することで、コンピュータで処理できるカタチに変わります。つまり、センサー、あるいはWebやモバイル・デバイスなど、様々なデジタル世界との接点を介して、現実世界の「ものごと」や「できごと」が、デジタル・データに変換され、コンピューターに受け渡されます。そのための一連の仕組みをIoT(Internet of Things/モノのインターネット)と呼んでいます。
こうして、コンピュータの中に、「アナログな現実世界のデジタル・コピー」が作られます。これを「デジタルな双子の兄弟」、すなわち「デジタル・ツイン(Digital Twin)」と呼んでいます。
つまり、「デジタル」とは、現実世界の「ものごと」や「できごと」を「コンピュータで扱えるカタチ」に置き換えた姿と言い換えることもできるでしょう。
デジタル化
アナログな現実世界の現実世界の「ものごと」や「できごと」を「コンピュータで扱えるカタチ」すなわち、デジタルで表現し直すことが、「デジタル化」です。
では、なぜ「デジタル化」するのでしょうか。
「人間のやっていたことをコンピュータでできるようにすること」
このように説明するとわかりやすいかも知れません。例えば次のようなことができるようになります。
- これまで1週間かかっていた申し込み手続きを5分で終わらせる
- 顧客の行動(いま、どこで、何をしているのか)が分かる
- 他のデジタル・サービスと一瞬にして連係できる
- 膨大なデータの中にビジネスに役立つ規則や関係を見つけることができる
- 業務の進捗、人の動き、ビジネスの状態が、リアルタイムに「見える化」される など
では、なぜ、こうすることが必要なのでしょうか。大切なことは、次のような価値を手に入れるためです。
- 顧客満足が向上する
- 業績が改善する
- 社員が幸せになる など
いかなる価値の実現をもたらすのかを見据えて、「デジタル化」にとりくむことが、大切なのです。
「これまで1週間かかっていた申し込み手続きを5分で終わらせる」ことができれば、顧客はその便利さに感動するでしょう。そうすれば、そのうわさは拡がり、さらにお客様が増えるでしょう。その結果、業績も向上します。
「顧客の行動(いま、どこで、何をしているのか)」が分かれば、その状況にふさわしい、サービスを提供できるでしょう。例えば、スタジアムでサッカーを観戦していて、お気に入りのチームが勝ったなら、そのチームのログの入った「いまだけ限定」のプレミアム・グッズをスマホで紹介すれば、喜んで勝ってくれるかも知れません。そうすれば、売上も向上します。
結果として、生みだされる価値を定めないままに、デジタル化することを目的にしても、それはただの自己満足であり、ビジネスに貢献することはないのです。
デジタルがもたらす3つの価値
デジタルには、次の3つの特徴があります。
- スピードが早い:デジタル化された情報はネットワークで直ちに送ることができます。現実世界で手紙を送ることとの違いは歴然です。また、紙の伝票の受け渡しや面と向かっての会議などと比べ、デジタル化された仕事のプロセス、すなわちコンピュータで実行される仕事は、あっという間です。
- 複製しても劣化しない:デジタルな情報は何度複製しても、元の情報は劣化しません。これが、紙であれば、複製の毎に劣化し、口頭で伝えられる情報は、その過程で内容が変質してしまいます。また、モノを複製するには、原材料を手配し、製造しなければならず、コストも時間もかかります。しかし、デジタルであれば、何度複製してもコストも増えず、時間もかかりません。
- 組合せや変更が容易:デジタルな仕組みを変更することや組み合わせることは簡単です。設定を変える、プログラムを書き換えるだけです。一方、人間の作る組織を変更することや仕事の手順を変えるには、手続きや教育などに時間がかかります。また、ハードウェアを作り替える、機械の接続を変えるなどのフィジカルな仕組みでは手間も時間もかかり、簡単にはできません。
デジタルの「早い」と「劣化しない」を組み合わせれば、ビジネスは、短期間で容易に拡大できます。GoogleやFacebook、Amazonなどのネット企業は、この特性を活かして、短期間でビジネスを拡大しました。
「早い」と「容易」を組み合わせれば、変化を即座に把握できます。そして、機器を制御し、プログラムを変更すれば、直ぐに対処することができます。
「劣化しない」と「容易」を組み合わせれば、他のデジタルなサービスや仕組みと容易に組み合わせることができます。例えば、スマートフォンのカメラで撮影した写真をアプリでデコレーションし、それをInstagramに投稿することなど、あっという間です。また、配車サービスのUberは、気象情報サービスから直近の天気予報を受け取り、まもなく雨が降るとわかれば、人間の解釈や判断を経ることなく料金を自動的に値上げします。このように、単独ではできないこともデジタルな仕組み同士を連係させ、新たな価値を生みだすことができるのです。
現実世界の「ものごと」や「できごと」をデジタルに変換し、デジタルで創り出された価値を再び現実世界に戻すことで、私たちは、その価値を享受することができます。この一連の仕組みもIoTと呼ばれています。
イノベーションとデジタル
イノベーション(innovation)に「新機軸を打ち出す」、「新しい活用法を創造する」という意味が与えられたのは、20世紀前半に活躍した経済学者シュンペーターです。彼は1912年に著した『経済発展の理論』の中で、イノベーションを「新結合」であると説明し、次の5つに分類しています。
- 新しい財貨の生産:プロダクト・イノベーション
- 新しい生産方法の導入:プロセス・イノベーション
- 新しい販売先の開拓:マーケティング・イノベーション
- 新しい仕入先の獲得:サプライチェーン・イノベーション
- 新しい組織の実現:組織のイノベーション
いまの時代を考えれば、「新しい体験の創出:感性のイノベーション」も付け加えたいところです。例えば、iPadやiPhoneのような魅力的なユーザー・インターフェイス(UI)やIoT、モバイルなどのきめ細かなデータの取得によって、ユーザー・エクスペリエンス(UX)が大きく向上し、それが新たな経済的価値を生み出す時代になりました。体験価値が購買行動に大きな影響を与え、新しいライフスタイルを生み出す現象です。そう考えると感性もまたイノベーションのひとつの類型に入れてもいいように思います。
また、「イノベーションは創造的破壊をもたらす」とも語り、その典型として、産業革命期の「鉄道」を取り上げ次のようなたとえで説明しています。
「馬車を何台つなげても汽車にはならない」
つまり、「鉄道」がもたらしたイノベーションとは、馬車の馬力をより強力な蒸気機関に置き換え多数の貨車や客車をつなぐという「新結合」がもたらしたものだというのです。これによって、古い駅馬車による交通網は破壊され新しい鉄道網に置き換わってゆきました。
使われた技術要素のひとつひとつは新しいものではありませんでした。例えば、貨車や客車は馬車から受け継がれたもので、蒸気機関も鉄道が生まれる40年前には発明されていました。つまり、イノベーションとは発明すること(invention)ではなく、これまでになかった新しい「新結合」であるというのです。
しかし、全ての「新結合」が、新しい価値を生みだすわけではありません。試行錯誤を高速に繰り返し現場のフィトーバック直ちに反映して改善を繰り返すことで、イノベーションに巡り会えるのです。
デジタルは、そんな組合せやその組合せの変更を容易に行うことができます。つまりイノベーションを加速する基盤と言えるのです。
これは、ソフトウエアとして実装されるネットのサービスだけではありません。モノづくりにおいても、デジタルはイノベーションを加速します。
製造業における製品開発の手法に、「モデルベース開発:Model-Based Design/MBD」があります。これは、これから作るモノを数値モデル化し、実際にモノを作る前にコンピューター上で実現し、そこで試行錯誤を繰り返して、最適なモノの形状や機能を見つけようというものです。
例えば、自動車の開発であれば、コンピューター上でエンジンを動かすことも、ハンドルを切ることもできます。機構の干渉や性能試験もできます。
実際にモノを作るわけではありませんから、コストは安く手間も時間もかかりません。その結果、高速に試行錯誤を繰り返すことができるようになります。これによって、設計開発のスピードは早まりコストを削減できます。また、イノベーションを加速することにも役立つのです。
2つのデジタル化:デジタイゼーションとデジタライゼション
「デジタル化」という日本語に対応する2つの言葉があります。ひとつは、「デジタイゼーション」です。デジタル技術を利用してビジネス・プロセスを変換し、効率化やコストの削減、あるいは付加価値を向上させる場合に使われます。例えば、アナログ放送をデジタル放送に変換すれば、少ない周波数帯域で、たくさんの放送が送出できるようになります。紙の書籍を電子書籍に変換すれば、いつでも好きなときに書籍を購入でき、かさばらず沢山の書籍を鞄に入れておくことができます。手作業で行っていたWeb画面からExcelへのコピペ作業をRPAに置き換えれば、作業工数の大幅な削減と人手不足の解消に役立ちます。
このように効率化や合理化のためにデジタル技術を使う場合に使われる言葉です。
もうひとつは、「デジタライゼーション」です。デジタル技術を利用してビジネス・モデルを変革し、新たな利益や価値を生みだす機会を生みだす場合に使われます。例えば、自動車をインターネットにつなぎ稼働状況を公開すれば、必要な時に空いている自動車をスマートフォンから選び利用できるカーシェアリングになります。それが自動運転のクルマであれば、クルマが自ら迎えに来てくれるので、自動車を所有する必要がなくなります。また、好きな曲を聴くためには、CDを購入する、ネットからダウンロードして購入する必要がありましたが、ストリーミングであれば、いつでも好きなときに、そしてどんな曲でも聞くことができ、月額定額(サブスクリプション)制で聴き放題にすれば、音楽や動画の楽しみ方が、大きく変わってしまいます。
このように、ビジネス・モデルを変革し、これまでに無い競争優位を実現して、新しい価値を生みだすためにデジタル技術を使う場合に使われる言葉です。
これら2つのデジタル化を、どちらが優れているかとか、どちらが先進的かなどで、比較すべきではありません。どちらも、必要な「デジタル化」です。しかし、目指すべきゴールが違うだけのことです。
ただ、これらを区別することなく、あるいは、両者を曖昧なままに、その取り組みを進めるべきではありません。前者は、既存の改善であり、企業活動の効率を高め、持続的な成長を支えるためのデジタル化です。一方後者は、既存の破壊であり、新たな顧客価値や破壊的競争力を創出するためのデジタル化です。
両者の違いを正しく理解し、適切な戦略や施策を実践しなくてはなりません。
デジタル化と変革
ところで「変革」とは、そもそも何をすることなのでしょう。
例えば、既存の仕事の手順をそのままに、ITを使って自動化すれば、仕事の効率を向上させることができます。これによって、コストの削減や納期の短縮は、実現できるかも知れません。しかし、これまでにはなかった新たな価値を生みだすことはできません。「変革」とは、これまでの仕事の手順、すなわちビジネス・プロセスを再定義し、これまでには無かった魅力的な顧客体験や圧倒的な利便性を生みだし、新しい顧客価値やビジネス・モデルを創出することです。そのことによって、これまでの業界の常識や競争原理を変えてしまうことでもありす。
言葉を換えれば、既存の常識を破壊することです。これまでのビジネス・プロセスやビジネス・モデル、顧客との関係を当然であるとか、それが正しいやり方だと考えるのではなく、デジタル技術の新しい常識や社会環境の変化を前提に、捉え直し、作り替えることを意味しています。
いまのやり方にこだわり、あるいは、引きずられて、現状の改良や改善を繰り返すだけでは、「変革」はできません。デジタルがもたらす新しい常識を前提に、仕事のやり方を根本的に作り変える、あるいは、新しい発想で、ビジネスを捉え直すといった取り組みが、「変革」であると言えるでしょう。
合わせてお読みいただくと、より理解が深まると思います:【図解】デジタルの真価は「レイヤー構造化と抽象化」
【募集開始】次期・ITソリューション塾・第44期
次期・ITソリューション塾・第44期(2023年10月4日[水]開講)の募集を始めました。
ChatGPTをはじめとした生成AIの登場により、1年も経たずにで、IT界隈の常識が一気に塗り替えられました。インターネットやスマートフォンの登場により、私たちの日常が大きく変わってしまったことに匹敵する、大きな変化の波が押し寄せています。ブロックチェーンやWeb3、メタバースといったテクノロジーと相まって、いま社会は大きな転換点を迎えています。
ITに関わる仕事をしているならば、このような変化の本質を正しく理解し、自分たちのビジネスに、あるいは、お客様の事業活動に、どのように使っていけばいいのかを語れなくてはなりません。
ITソリューション塾は、そんなITの最新トレンドを体系的に分かりやすくお伝えすることに留まらず、その背景や本質、ビジネスとの関係をわかりやすく解説し、どのように実践につなげればいいのかを考えます。
- SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業の改革や新規開発に取り組もうとされている皆さん
- IT業界以外から、SI事業者/ITベンダー企業に転職された皆さん
- デジタル人材/DX人材の育成に関わられる皆さん
以上のような皆さんには、きっとお役に立つはずです。
詳しくはこちらをご覧下さい。
- 期間:2023年10月4日(水)〜最終回12月13日(水) 全10回+特別補講
- 時間:毎週(水曜日)18:30-20:30 の2時間
- 方法:オンライン(Zoom)
- 費用:90,000円(税込み99,000円)
- 内容:
- デジタルがもたらす社会の変化とDXの本質
- IT利用のあり方を変えるクラウド・コンピューティング
- これからのビジネス基盤となるIoTと5G
- 人間との新たな役割分担を模索するAI
- おさえておきたい注目のテクノロジー
- 変化に俊敏に対処するための開発と運用
- アジャイルの実践とアジャイルワーク
- クラウド/DevOps戦略の実践
- 経営のためのセキュリティの基礎と本質
- 総括・これからのITビジネス戦略
- 特別補講 *講師選任中*
詳しくはこちらをご覧下さい。
紙をディスってデジタルを持ち上げるやり方に疑問がある。
デメリットについて何一つ書かれていない。
常に電源確保がいるということ(災害時に問題なく対応出来るのかなど)
機器の更新が早いので短いスパンで使い物にならなくなるデバイスがある
など