大手SI事業者による「SI事業の再定義」が、一気に動き出しているように見える。そこには、事業会社における「デジタル」の戦略的な位置づけが、急速に動き始めたことが、背景にあるのかも知れない。
テクノロジーのトレンドが劇的に変わってしまったとか、デジタルの戦略的な役割が急に変わってしまったわけではない。「時間が縮まった」という表現が適切だろう。つまり、これまでなら、3年から5年はかかったことが、半年から1年で変わろうとしているということだ。
失礼を覚悟で申し上げれば、上記に紹介したことに目新しいことが含まれているわけではない。「時間が縮まった」ことに気付いた企業が、やっと重い腰を上げて、本気で動き出したに過ぎない。
なにもこれを批判するつもりはない。お客様である事業会社に、受け入れる素地がなければ、SI事業者がいくら上記のような取り組みをしてもビジネスの成果にはつながらない。それが、コロナ禍をきっかけとして、一気に変わったことで、こんな動きが、「表沙汰になった」だけなのかもしれない。
例えば、多くの事業会社が、リモートワークを強いられ、業務プロセスが滞ってしまった。また、営業がお客様と会うことができなくなった。顔を合わせることができないので、プロジェクトの進捗が滞ったなど、これまでの当たり前が通用しない現実に直面したということだ。また同時に、社員の「働くこと」や会社とのエンゲージメントについての意識の変化、多様な「働き方」を許容することが「良い会社の条件」として、重視されるようになった。この状況に、何とかしなければという意識が急速に高まってきたのだ。
しかし、どうすればいいのか分からない、でも「デジタル」を駆使すれば、解決できるのではないかという漠然としたい期待が、DX/デジタル・トランスフォーメーションのブームに火を付けたと言ってもいいだろう。
DXとは何かを、いまここで語るつもりはないが、未だその解釈は様々であろう。それこそ、自社の製品やサービスを売るための都合のいい解釈から、企業の文化や風土、ビジネスのモデルの変革まで、実に様々だ。それでも、世の中がデジタルへの関心を高めるきっかけとなったこととは確かだ。これから様々な議論を経て、やがては本質が定まってゆくのだろう。事実、変化の時間を縮め、上記のような取り組みが始まったのは、ひとつの結果と言える。
ただ、SI事業者は、この変化の行き着くところを考えておく必要がある。もちろん完全な未来など、だれも予測できない。しかし、いま確実に見えている3つのトレンドを抑えておくことは、これからの事業や自分のキャリアを考える上で、極めて大切なことであろう。
お客様がSI事業者の競合になる
既存の業務を支えるIT/Before DX、すなわち基幹業務やそれに附帯する需要が直ちになくなることはない。しかし、この領域の需要は、効率の追求であって、「少しでも安く」が正義となる。従来のやり方を続けていては、工数は稼げても利益を出せない事業になってしまう。
この領域は、既存の業務を改善することなので、予め何をすればいいのかを、お客様と合意できるので、外注も可能だ。そんな事業領域で新たなビジネスの可能性を見出すとすれば、「工数ビジネス」を徹底して効率化するために、手順や方法論を見直し、高い利益率を維持するための取り組みを進めるべきだ。あるいは、モダナイゼーション、クラウド移行、自動化など、お客様の支出を低減させることを目的とした取り組みであろう。
一方で、事業を変革するIT/After DX、すなわち、デジタルを駆使した新規事業や業務プロセスの変革は、需要を伸ばすだろう。しかし、こちらは、収益の拡大や事業の変革を目指すことになるので、事業部門が主導して、内製化をすすめる領域だ。
何が正解かが分からない中で、デジタルを前提に、新しいビジネス・モデルを作る、働き方を変革することになる。そのため、お客様が自ら主導して、試行錯誤と改善を繰り返して、最適解を探索しなければならない。これは、前者のBefore DXとは違い、予め要件を決められない。事業部門が、自らが開発や運用に直接関与してゆくことになる。
そんな事業部門が求めるのは、圧倒的なビジネス・スピードと投資対効果だ。自社内に内製チームを作り、必然的にアジャイル開発、DevOps、クラウドを前提に、サーバーレス、コンテナ、マイクロサービス、ローコード開発などの「モダンIT」を駆使することになる。
そうなると、Before DXでの「受発注型取引」では仕事にならない。だから、彼らの内製化を支援する「共創型取引」となる。それができなければ、お客様と競合になることを覚悟しておく必要があるだろう。
組織ではなく個人の価値が重視される
「共創型取引」の前提は、組織力ではなく、個人力だ。お客様のチームの一員として、圧倒的な技術力を求められる。
あえて、「圧倒的」としたのは、お客様のチームメンバーと同等では、わざわざ外部に人を求める必要はないからだ。高度で先進的な技術やノウハウ、お客様にはない視点や捉え方、広い人脈やファシリテーション能力など、チームにいてもらうことが、是非とも必要であると感じさせるオーラが必要であろう。
なにもスーパーマンを求めているわけではない。しかし、当たり前のことが普通にできるだけでは、たんなる工数の提供だ。もちろん、工数が求められるときもあるが、内製化支援となると、前節で述べたような「モダンIT」のスキルは必須であろう。
お客様の期待は、「決められた仕様を、組織力を駆使して、QCDを守って納品すること」から、「チームメンバーの一員としてビジョンとゴールを共有し、一緒になって試行錯誤を繰り返して、ビジネスの成果に貢献する」へと変わる。その期待に応えるには、モダンITを前提とした、個人力が求められる。そのような人材を育てるには、基本的な教育は当然のことだが、共創の経験を積み上げられるような、組織や事業戦略、業績評価基準の見直しが必要となるだろう。
世の中はデジタル企業を目指す
- IT企業とは、ITリソースを提供する企業
- デジタル企業とは、ITを前提に事業の成果に貢献する企業
先週のブログで、IT企業とデジタル企業の違いについて詳細に述べたので、そちらをご覧頂きたい。
デジタル企業を目指す事業会社には、ITスキルが乏しいので、SI事業者やITベンダーに補ってもらうという従来の構図が成り立たない。一方で、彼らにとっていちばん大切なことは、ビジネス・スピードだから、それを加速してくれるのなら、そこに需要はある。
前節で紹介した圧倒的な技術力を持つ個人も、そのために必要であろう。また、デジタル・ビジネスを実現する上で必須の機能を提供してくれるプラットフォーム・サービスの需要も、需要を拡大するはずだ。
あるいは、SI事業者自身が、持てるITスキルを駆使して、新しい顧客を作るデジタル・ビジネスを立ち上げるのも、1つの選択となるだろう。
いずれにしても、デジタルが前提の社会になっていくわけだから、このトレンドは、なにも特別なことではない。動きの遅い企業と早い企業があるだけであり、ほとんどの企業は、デジタル企業を目指すことになるだろう。
いずれのやり方をするにしても、SI事業者は、積極的に、お客様の事業、あるいは、ITを売る以外の新しい事業に関心を持ち、それに取り組んでいく必要があるだろう。
じゃあ具体的に何をすればいいのかを教えて欲しいと、お考えの方も多いかも知れないが、それにお答えすることは簡単なことではない。なぜなら、あなたの会社、あるいは、あなた個人のこれまでの生い立ちによって、何がしたいかも変わってくるからだ。
ただ、改めて、上記の3つのトレンドを考えれば、次の3つの取り組みは、参考になるかも知れない。
詳しい解説は、こちらの記事を参考にして欲しい。
「これは、DX事業である」とか、「今期は、DX案件を増やそう」などと、言葉遊びに終始する愚は、そろそろ辞めにしたほうがいい。むしろ、ここに紹介したような、本質的な変化の底流にどう向きあうかを考えてみてはどうだろう。そうすれば、それが結果として、自分たちのDXになる。そして、その経験とノウハウが人を育て、これからの需要に応えるビジネスを生みだすだろう。
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