はじめに
本稿の主張を、先に述べておきます。
AIで効率化せよと社員に求める前に、経営は、効率化した人が報われる仕組みと、効率化の先にある仕事を用意しなければならない。これが、本稿で最も伝えたいことです。
この一連の論考は、富士通のValue Pricingを起点に始まりました。前々稿では、AI前提のSIビジネスが工数を前提に成り立たなくなることを論じ、前稿では、その変化が協力会社をどこへ押し流すのかを確かめ、三つの道を示しました。縮小を前提に工数の供給者として残る道、知見を製品やサービスに変える道、元請けを介さずユーザー企業に直接向き合う道です。
しかし、どの道を選ぶにせよ、その前に越えなければならない問題があります。人月で稼働が埋まっている会社には、新しいことに取り組む時間がありません。だから、AIを使って時間を空けることが、何をやるか以前に必要になります。ところが、この最初の一歩で多くの会社が止まります。現場が抵抗するからです。
本稿では、その抵抗がなぜ起きるのかを確かめ、それを解くための原則として「制約と手段と行き先を同時に示す」ことを提案します。そして、それを小さく始め、まだ工数需要があるうちに動き、人を大切にしながら進め、最後に、工数の供給者から顧客の成果を担う会社へと作り直す道筋を示します。対象は、これまで「下請け」と呼ばれてきた中小のSIerの経営者です。
前提が変わる
前稿の要点を、本稿に必要な範囲で確認しておきます。
日本のSIビジネスは、人を集める仕組みの上に成り立ってきました。ウォーターフォール型の開発では、企画や要件定義に要る人は少なく、詳細設計からコーディング、テストの中間工程で人手が膨らみ、本番移行や保守に入れば再び少数で足ります。必要な人数は山の形を描きます。日本では人材の流動性が低く、ユーザー企業がこの増減を採用や解雇で担うことは困難でした。だから山の部分を外に出し、外の各層がさらに下へ出すことで、増減を業界全体で吸収する。多重下請けとは、雇用の硬直性と人員の山が重なったところに生まれた、必然の構造でした。誰かが不合理に作ったのではなく、人を集めなければシステムが作れないという前提の下で、各層が合理的に選んだ結果です。
その前提が、変わろうとしています。ここで、すでに起きていることと、見通しとを分けて述べます。
すでに起きていることは、元請け各社が、AIによる開発生産性の大幅な向上を経営目標として公言し、外部調達を減らす前提で経営を組み始めていることです。社員は固定費、協力会社は変動費であり、需要が縮むときに先に圧縮されるのは変動費です。これは特定の元請けの方針ではなく、人月で売る限り成長できないという共通の事情から来ています。
見通しとして述べるのは、その先です。少人数で、かつての何十人分の仕事ができるようになれば、人を集める必要は薄れ、人を集めるために層を重ねる理由も薄れます。開発需要そのものは、おそらく増えます。しかし増えた需要は、ユーザー企業の内製と、成果に責任を持てる相手に向かい、人数を供給する層には回りにくい。すべての工数需要が一斉になくなるわけではありません。しかし、元請けの生産性向上が外部調達の削減に結びつけば、影響は人員供給を中心とする会社から順に現れます。これが前稿で確かめた構図であり、本稿はこの見通しを前提に進めます。
現場の抵抗は合理的である
転換には、新しいことに取り組む時間が要ります。人月で稼働が埋まっている会社に、その時間はありません。だから、AIで自分の仕事を速く終わらせ、時間を空けることが、何をやるかを決める以前に必要になります。
しかし、ここで多くの会社が止まります。現場の抵抗です。AIに自分の仕事を奪われるという恐れがある、とよく言われます。それも一面の真実でしょう。しかし、この抵抗は、もう少し正確に見るべきです。
人月の会社では、社員の評価は稼働率で決まります。利益率の低い会社にとって、稼働率の低下はそのまま赤字を意味し、経営もまた稼働率を見ています。この仕組みの中で、AIを使って自分の仕事を効率化すれば何が起きるか。自分の稼働が減り、評価が下がり、会社の売上が減ります。つまり現場の抵抗は、AIへの無理解ではなく、稼働率という評価への正確な反応なのです。効率化すれば損をする仕組みの中で「効率化せよ」と言われれば、抵抗するのが合理的です。
ここには矛盾があります。AIで業務負担を減らすことに取り組まなければ、新しい仕事へ移る余力が生まれず、やがて仕事はなくなります。取り組みに抵抗すれば、会社そのものが立ち行かなくなり、やはり仕事はなくなります。どちらを選んでも仕事は奪われる。論理としてはそのとおりです。
しかし、この矛盾を現場に突きつけても、人は動きません。どちらを選んでも失うなら、人は動かない方を選びます。変化しない方が、少なくとも今日は安全だからです。矛盾を解くのは、現場の覚悟ではありません。経営が、効率化した人が報われる仕組みと、効率化の先にある仕事を、先に用意することです。それが示されて初めて、効率化は「自分の仕事を減らす行為」から「次の仕事を作る行為」に変わります。
制約と手段と行き先を、同時に示す
では、経営は何を用意するのか。原則は一つです。制約と手段と行き先を、同時に示すことです。三つのうち一つでも欠ければ、転換は失敗します。
制約——「仕事が増えれば人を足す」をやめる
「AIを使え」と号令をかけても、人は動きません。人は手段を示されて動くのではなく、制約の中で手段を探すときに動きます。だから経営は、まず制約を作ります。
経営が設けるべき制約は、「仕事が増えれば人を増やす」という従来の対処を、そのまま続けないことです。対象とする業務を絞り、品質と労働時間を守りながら、人手を増やさずに成果を出す方法を、AIを前提に組み直す。具体的には、契約社員や派遣社員、協力会社からの常駐要員といった外部要員の契約が満了したときに自動的に更新せず、その仕事をAIとともに社内で完結させられるかをまず試す。新しい案件に人を足す前に、既存の案件の進め方を変えられないかを先に問う。これは人員を減らすための制約ではなく、人を足すという反射的な対処を止め、別の方法を探させるための制約です。効果を確かめながら、予算と配置を変えていきます。
この制約の本質は、附帯業務をAIに任せることに留まりません。正社員一人ひとりが、本来の自分の役割を、AIとともに自己責任において完結させる、ということです。これまで分担され、引き継ぎと確認を重ねてきた仕事が、一人の手の中で最初から最後まで閉じる。文脈は失われず、手戻りは減り、判断は速くなります。これは効率の問題であると同時に、仕事の質の問題でもあります。正社員が持つ業種や業務の知見、すなわち転換後の会社の資産は、一人の中で完結する仕事を通じて、初めて十分に発揮されます。
もう一つの制約は、評価です。ここで区別しておきたいことがあります。稼働率は、資金繰りと採算を管理するために、経営は引き続き把握しなければなりません。やめるべきは、社員の価値を稼働率だけで測ることです。経営が承認した顧客検証や製品開発、学習に充てた時間を、低稼働として不利益に扱わない。評価の仕組みを変えること自体に資金は要りませんが、転換に使う時間には、その間の売上機会を手放すという負担があります。それを経営が引き受けると決めることが、この制約の中身です。
契約の形も、制約の一部として選べます。準委任で時間を売る限り、効率化の利益は顧客に渡ります。対象範囲と完了条件を明確にできる小規模な改修や保守の切り出しでは、固定価格で受けることで、効率化の利益を自社に残しやすくなります。ただし、見積もり、品質保証、変更対応まで含めて採算を確かめる必要があり、固定価格は効率化の利益を手元に残す方法の一つにすぎません。顧客に価値を売ることは、これとは別の課題であり、後で述べます。
手段——制約だけを与えれば、育つのは疲弊体質である
制約と同時に、手段を与えなければなりません。制約だけを与えて手段を与えなければ、育つのはAI体質ではなく疲弊体質であり、優秀な人から辞めていきます。
手段とは、業務で使えるAIツールの契約、セキュリティ規程上の使用許可、使い方を学ぶ時間、うまくいった事例を共有する場です。そして、経営者自身がそれを使って見せることです。現場の抵抗は、経営者の姿勢を映す鏡です。経営者が自分の仕事でAIを使っていない会社で、現場だけが変わることはありません。
ただし、経営者が個人として使うだけでは足りません。AIを、経営とマネジメントの仕組みの前提にすることが要ります。案件ごとの採算や稼働の状況、顧客ごとの成果を、AIを使って集計し、分析し、社員に見える形で返す。社員は同じ仕組みを使って自分の案件を見る。経営が見ている数字と現場が見ている数字が同じになり、その数字をAIが作っている。この状態になって初めて、AIは「経営者の道具」ではなく「この会社の動かし方」になります。経営の仕組みがAIを前提にしていない会社で、現場にだけAI活用を求めることは、仕組みと号令が矛盾している状態であり、現場はその矛盾を正確に見抜きます。
人を足さずに浮いた予算の一部を、目に見える形でここに回すことも手段のうちです。「浮いた金を会社が取った」と見えるか、「浮いた金で次の準備をしている」と見えるかで、同じ施策が正反対の結果を生みます。人材開発や事業再構築に関する公的な助成も、訓練中の人件費の一部を補う制度を含んでいます。これも経営の仕事です。
行き先——空いた時間を、何に使うのか
制約と手段で余力が生まれても、行き先がなければ、余力は稼働率の低下として会計に現れるだけです。だから経営は、行き先を先に決めなければなりません。
行き先とは、前稿で示した三つの道のどれを選ぶかです。縮小を前提に工数の供給者として残るのか。業種や業務の知見を製品やサービスに変えて売るのか。元請けを介さずユーザー企業の事業部門に直接向き合い、成果に責任を持つ伴走者になるのか。どの業種、どの業務の知見を自社の強みと定め、その知見を持つ人材を稼働から外して何に充てるのか。これを決め、社内に示すことが、行き先を示すということです。
行き先は、会社の行き先だけではありません。人の行き先も含みます。転換についていける人には、新しい仕事と評価を用意する。そうでない人をどうするかは、後の節で改めて述べます。
三つが揃わなければ、どうなるか
制約だけを与えれば、現場は疲弊し、人が去ります。手段だけを与えれば、AIは一部の人の趣味に留まり、組織は変わりません。行き先だけを語れば、それは絵空事と受け取られ、誰も信じません。三つを同時に示して初めて、「使わなければ回らない」という制約と、「使えるようになる」という手段と、「使った先に何があるか」という行き先が一つの線になり、人は動きます。
そして、この三つを同時に示せるのは、経営だけです。現場には、人を足す判断を止めることも、評価を変えることも、会社の行き先を決めることもできません。これは現場の自助努力の問題ではなく、経営の決断の問題なのです。
全体像は同時に、実施は段階的に
「三つを同時に示す」と「小さく始める」は、矛盾しません。全体像は同時に示し、実施は段階的に進めるのです。制約と手段と行き先が一つの線として見えていれば、最初の一歩がどれほど小さくても、人はそれが何につながるかを知っています。
大企業のように一度に組織を変える必要はありません。むしろ、資金のない会社にはそれができません。一人の、一つの業務から始めます。たとえば、ある保守案件の担当者一人が、週の一割の時間を転換に充てる。その一割は、残りの九割でAIを使って速く終わらせた分で賄います。稼働率への影響は誤差の範囲に収まり、経営はその一割を低稼働として扱わないと決める。これだけで、制約と手段と行き先の三つが、一人の中で実際に動き始めます。そこから、人数と比率を二、三年かけて増やしていきます。
行き先として知見を製品やサービスに変える道を選ぶなら、最初の一歩はさらに具体的に決められます。製品を作ることから始めてはいけません。買う顧客がいることを確かめることから始めます。長年の保守で繰り返し対応してきた問題を一つ選び、同じ問題を抱えていそうな企業に、それを解くことに対価を払うかを確かめる。まず小さな有償のサービスとして提供し、対価が得られることを確認してから、共通する部分を製品に育てていきます。技術者の経験があっても、それが複数の顧客に通用するか、対価を払うほどの問題を解けるかは、確かめるまで分かりません。顧客開拓、価格の設定、提供後の支援も要ります。知見があることと、事業になることの間には、この検証という橋があります。
段階的に進めるとは、この検証を小さく繰り返すことです。一つ目が対価を得られれば二つ目へ、得られなければ別の問題へ。失敗の損失は、一人の一割の時間で収まります。これが、資金のない会社が転換の確からしさを買う方法です。
参考 >> 新規事業を立ち上げるための具体的な手順は、拙著『AI実践ドリル30日チャレンジ 仕事にすぐ効くAI活用』(日経BP)をご覧下さい。本書では、新規事業を立ち上げるための基本動作を丁寧に整理します。また、AIで自分の知識や経験の不足を補いながら、実効性ある新規事業計画を策定するための実践ノウハウをまとめています。
まだ工数需要があるうちに
いつ始めるべきか。答えは、今です。
工数需要は、まだあります。レガシー刷新の需要は数年先まで続き、元請けからの発注も続いています。多くの会社にとって、今期の数字はそれほど悪くないでしょう。だからこそ変化は見えにくい。しかし、この「まだ発注がある」という状態こそが、転換のために使える唯一の余力です。
制約と手段と行き先を示すには、どれも元手が要ります。人を足さずに成果を出す試みは、それを吸収できる案件があって初めてできます。AIツールを契約し、学ぶ時間を与え、助成を申請するには、人と金と時間の余裕が要ります。知見を持つ人を一割でも稼働から外すには、残りの九割で会社が回っていなければなりません。顧客を確かめる営業を始めるには、その間の売上を支える既存の仕事が要ります。これらはすべて、工数需要がある今だからできることです。
発注が減り始めてから動けば、どうなるか。人を足さないどころか、人を減らさなければならなくなります。学ぶ時間はなく、全員が残った案件に張り付きます。検証に人を回す余裕はなく、新しい営業の間の売上を支えるものもありません。余力がなくなったとき、経営に残る選択は、縮小か、譲渡か、廃業しかなくなります。制約も手段も行き先も、余力がある間にしか用意できないのです。
「残された時間」について、正直に述べておきます。需要がいつ、どれだけ減るかを正確に当てることは、誰にもできません。元請けの生産性目標がそのまま外部調達の削減に結びつくかどうかも、会社ごとに違うでしょう。だから本稿では、今後二、三年を、転換の準備期間として仮に置くことを勧めます。根拠は、元請け各社がその程度の期間で生産性向上の目標を掲げていること、レガシー刷新の需要がその頃に山を越えると見られていること、そして一人の一割から始めて組織の比率を上げるのに、それだけの時間がかかることです。需要減少の時期を当てることより、準備期間を定めて動き始めることが重要です。
忙しいときに変えるのは難しい、と言われます。しかし、忙しいときにしか変えられないのが、この転換の性質です。今の売上が、転換の原資です。それが残っているうちに始める。早く始めれば始めるほど、小さく始められます。遅く始めるほど、大きく痛い変化を強いられます。
人をどうするか
転換の過程で、最も難しいのは人の問題です。ここでは順序を間違えないことが肝心です。
第一に、AIの操作に習熟しているかどうかだけで、人を判断してはなりません。転換後の会社で必要になる役割は、AIを操作することだけではありません。業務の知見を提供し、AIの出力の正しさを業務の側から確かめ、顧客と対話し、品質に責任を持つ。これらは、長く現場を担ってきた人ほど持っている力です。人月の会社では人の価値は稼働で測られますが、転換後の会社では、人の価値は知見と判断で測られます。だから最初にすべきことは、人を選別することではなく、役割を組み替えることです。AIに不慣れな熟練者と、AIに慣れた若手を組ませる。熟練者が業務を語り、若手がそれをAIで形にし、熟練者がその正しさを確かめる。この組み合わせの中で、両方が学びます。
第二に、全員を新しい仕事へ移そうとしないことです。縮小しながら残る工数の仕事は、しばらく存在します。それを担う人として残ってもらう選択も、本人が望むなら成り立ちます。会社の行き先が一つでも、人の居場所は一つではありません。
第三に、それでも転換後の会社に居場所を見出せない人には、本人の希望に沿った転身を支えることです。中小企業に、転籍先や出向先を用意する力はほとんどありません。退職金の割増で納得を買うこともできません。できることは、会社の見通しを早く、正直に伝えることです。人月の仕事がいつ頃どれだけ減ると経営は見ているのか、会社はどこへ向かうのか、そこに自分の居場所があるのかを、本人が判断できるだけの情報を、手遅れになる前に渡す。技術者の採用難は続いており、人月で働きたい人には、まだその働き口があります。在職中の転職活動を妨げず、円満に送り出す。採用を絞り、辞める人を補充しないことで、自然減を使う。中小企業にできることは、立派な出口を作ることではなく、本人が自分で選べるだけの時間と情報を、誠実に差し出すことです。
そして、厳しい話も述べておきます。これらをすべてやっても、全員を連れていくことができない会社はあります。そのとき経営者に残る選択は、同業との統合か、元請けやユーザー企業への事業の譲渡か、計画的な廃業です。これらは敗北ではありません。従業員が別の場所で働き続けられるように整えて会社を畳むことは、工数需要が消えるまで引き延ばして突然立ち行かなくなるより、はるかに責任ある判断です。
この順序を守るなら、人を大切にすることと、転換を進めることは矛盾しません。順序を飛ばして退出から始めれば、同じ行為が責任放棄になります。
工数の供給者から、成果を担う会社へ
制約と手段と行き先を示し、小さく始め、人を大切にしながら進めたその先に、何があるのか。最後に、目指す姿を述べます。
ここまで、便宜上「元請け」「下請け」という言葉を使ってきました。しかし、意味を失うのは、企業間の役割分担そのものではありません。顧客との調整、専門性の組み合わせ、品質保証、運用責任といった役割分担は、AIの時代にも残ります。意味を失うのは、独自の専門性も、成果への責任も持たず、工数を取り次ぐだけの階層です。人を集める必要が薄れれば、人を集めるための中間の層は、情報を遮り、判断を遅らせ、文脈を失わせるだけの存在になります。成果で買う関係に、その層の居場所はありません。
だから、かつての下請け企業が目指すべきは、「よい下請け」になることではありません。元請けの下で高度人材を供給し、単価を上げてもらうことは、名前を変えた人月にすぎず、知見が製品に移った瞬間に価値を失います。目指すべきは、自らが顧客の成果に責任を持つ当事者になることです。
その形は、一つではありません。ユーザー企業の事業部門に直接向き合い、業務とAIをつなぎ、現場で成果を出す形があります。自社の知見を製品やサービスにして、顧客に直接届ける形があります。そして、元請けとの関係を保ちながら、工数の供給者ではなく、特定の業種や業務の専門性を持ち、その領域の成果に責任を持つ相手として、横に並ぶ形もあります。直接取引は有力な選択肢ですが、唯一の形ではありません。共通するのは、取り次ぐだけの層ではなく、成果を担う側に立つということです。元請けの側にとっても、協力会社を人月で買い続けながら顧客に価値で売ることは、人月を下へ移しているだけであり、知見の供給源を失う道です。かつての協力会社を、知見を共同で持つ相手として扱わざるを得なくなります。
これは、会社を作り直すことです。売るものを変え、売る相手を変え、評価を変え、契約を変え、組織を変える。既存の事業の改善ではなく、何を売るのかという問いから始める、創業のやり直しです。そこで求められるのは、ベンチャー企業としてのマインドセットです。規模や設立年数のことではなく、ものの考え方のことです。まだ存在しない市場に向けて、小さく、速く、自分の仮説に賭ける。売上の確実さより、顧客の成果への貢献を優先する。失敗を前提に、小さく試し、早く学ぶ。これらは、多くの中小SIerが創業の頃には持っていて、人月の安定の中で手放したものです。
人月は、確かに安定していました。発注があれば売上が立ち、顧客を開拓しなくても元請けが仕事を運んできました。その安定の代償として、会社は自ら考えることをやめました。何を作るべきか、誰のために作るべきか、それはいくらの価値があるのか。これらの問いは、上流の誰かが答えてくれました。下請けとは、問いを持たなくてよい立場だったのです。その立場がなくなる今、問いを取り戻さなければなりません。
ただし、楽観はしません。かつての下請け企業には、顧客の現場を知る技術者がおり、特定の業種や業務について、大企業にはない深さの知見があり、小さいがゆえに速く決められます。しかし、知見があることと事業になることの間には、本稿で述べた検証の橋があり、その橋を渡るには、顧客を確かめ、価格を決め、提供後も支える力が要ります。これらは一朝一夕には身につきません。だからこそ、小さく、早く、始めるのです。
手放すのは、人月という売り方です。人でも、知見でも、顧客との関係でもありません。それらは残り、むしろ初めて正当に価値を認められます。手放すべきものを手放し、残すべきものの上に会社を建て直す。それは創業者がかつて一度やったことであり、二度目は一度目より多くのものを持って始められるのです。
おわりに
AIで効率化せよと社員に求める前に、経営は、効率化した人が報われる仕組みと、効率化の先にある仕事を用意しなければならない。本稿の主張は、この一点です。
現場の抵抗は、稼働率という評価への合理的な反応です。それを解くのは現場の覚悟ではなく、経営が制約と手段と行き先を同時に示すことです。人を足すという対処をやめ、社員の価値を稼働率だけで測ることをやめる。AIツールと使用許可と学ぶ時間を与え、経営の仕組みそのものをAIの前提に置く。三つの道のどれを選ぶかを決め、人には役割の組み替えと、自分で選べるだけの時間と情報を用意する。全体像は同時に示し、実施は一人の一割から段階的に進める。知見を事業に変えるなら、製品を作る前に、買う顧客を確かめる。
そして、始めるのは今です。工数需要がまだあり、今期の数字がまだ悪くない今だけが、転換の元手を持っている時期です。今後二、三年を準備期間と定めて動き始める。余力がなくなったとき、残る選択は縮小か譲渡か廃業しかありません。
その先に目指すのは、よい下請けになることではなく、工数を取り次ぐだけの層を抜け出し、顧客の成果に自ら責任を持つ会社になることです。それは会社を作り直すことであり、創業のやり直しです。構造の最下層にいた企業が、構造を変える側に回る。その覚悟を持てるかどうかが、問われています。
『AI実践ドリル30日チャレンジ 仕事にすぐ効くAI活用』(日経BP)を紹介する連載が、日経クロステック(xTECH)に掲載されました。
第1回 ビジネスパーソンが生成AIの有償版を使うべきである理由
第2回 「事業変革推進室長」として生成AIで新規事業を企画する
第3回 AIの「魔法」をメール作成と悩みの「壁打ち」で体感
第4回 新規事業の「3段階の自立シナリオ」をAIで描く
第5回 AIにいきなり「斬新なアイデア」を求めるのは避けよ
本書は、これまでのAI本とは毛色が異なり、新規事業開発やマーケティングの実践ノウハウを、AIを使いながら体験的に学べる「ドリル」です。
AIの使い方を解説するのではなく、実際のビジネスの現場でどう使いこなし、新しい価値を生み出せばいいのかを、手を動かしながら身につけていただけます。
「AIをどう使うか」に留まっている限り、AIの真価は引き出せません。「AIでどう変わるか」、すなわちAIを前提として、仕事のやり方をどう変えればいいのか。それをお伝えしたくて書いた本です。まだの方は、ぜひご一読ください。
どうぞよろしくお願いいたします。




