年が明ければ、来年度の予算や事業計画、あるいは中期経営計画の策定に頭を悩ます方も多いのではないでしょうか。 先日、あるSI事業者の方とお話しした際、相変わらずの計画の立て方をされているのを聞き、「本当にそんなやり方で大丈夫ですか?」と、つい本音を漏らしてしまいました。
生成AI時代で変わる大前提:採用限界とAIの台頭
※上記チャートについての解説はこちらを参考にしてください。
「相変わらずの計画の立て方」とは、「事業予算=人数×単価」の公式です。業績を伸ばすには、この「人数」を増やす必要がある。そのため、キャリア採用を増やすための施策が主要な事業戦略として位置付けられています。 しかし、果たしてそんなことがうまくいくのでしょうか。
この計画には、「即戦力で稼いでくれる人」を採用したいという前提があります。しかし、少子高齢化による労働人口の減少に加え、IT人材の獲得競争は激化の一途をたどっています。人件費は高騰し、人間を一人雇用することのハードルは、かつてないほど高くなっています。
それなりの高給を提示できなければ採用できませんし、仮に採用できても、単価の上限が決まっている状況で人件費ばかりが嵩めば、売上は立つかもしれませんが利益は圧迫されます。「人間を増やして稼ぐ」モデルは、もはや限界を迎えているのです。
一方で、生成AIを搭載した開発支援ツールの進化は劇的です。コーディングやドキュメンテーションといった「知的力仕事」は、人間が行うよりも遥かに高速に、かつ低コストで処理できるようになりつつあります。 「人が採れないなら、AIを採ればいい」。 この発想の転換こそが、今求められている大前提なのです。
「人的資本経営」に加え「AI資本経営」へ
ここで提唱したいのが、従来の「人的資本経営」に加え、「AI資本経営」という新たな概念を導入することです。
これまでのSIビジネスは、人間による「労働集約型」のビジネスモデルであり、組織力により労働力を集めることを前提としていました。一方、これからのSIビジネスは、AIという「設備」の稼働率と生産性を極限まで高めるために、人間の能力を効果的に使う「知識集約型」のビジネスモデルへと転換します。
採用難でコストの高い「人間」の役割を、可能な限り「AI」に置き換えていく。AIを単なるツール(道具)としてではなく、24時間365日文句も言わず働き続ける優秀な「労働力(資本)」として捉え、徹底して任せるのです。これまで人間が担っていた仕様作成の補助、テストデータの生成、コードの記述といったSDLC(システム開発ライフサイクル)の広範なタスクをAI資本に担わせることで、ビジネスの構造そのものを変えていく必要があります。
「AI資本」の真の定義
ただし、ここで誤解してはならないのが、「AI資本」とは単なる「AIツールの設備投資」ではないということです。 AIツールを導入するだけでは、価値は生まれません。その能力を最大限に引き出し、ビジネス価値を最大化できる「人材」がいて初めて機能します。 つまり、「AI資本」とは、以下のように定義されることを理解しておくことが大切です。
「AI資本 = AIツール資本 × 人的資本」
AIツールという設備への投資と、それを使いこなす人材(人的資本)への投資。この掛け算によって初めて、AI資本は真価を発揮するのです。
つまり、AIによって仕事を置き換え「仕事の生産性を高める」るのではなく、AIによって人間の能力を拡張し「仕事の生産性と質を同時に高める」ということです。
外部採用依存からの脱却:リスキリングと内部投資
「AI資本経営」を進めるとしても、「人的資本経営」の意義が薄れるわけではありません。むしろ、上記の定義の通り、AIという強力な武器を扱う「人間」の質が、これまで以上に企業の競争力を左右することになります。
ただし、そのアプローチは変わります。「即戦力を外部から採用する」ことへの依存からの脱却です。 外部からの調達に頼るのではなく、既存人材(今いる社員)のスキル・ポートフォリオの見直しと再構築にこそ、投資を集中すべきです。
人的資本投資の本質とレバレッジ
AIツールはお金を出せば買うことができますが、それを使いこなす「人間」はそうはいきません。 ここでいう人的資本への投資とは、これまで同様、あるいはそれ以上に、人材育成に関わるコストと時間を投じることを意味します。
具体的には、以下の2つの領域における原理や原則を徹底して身につけさせる学習と、経験に必要な環境の整備や時間への投資です。
- コンピューター・サイエンス(計算機科学)
- 何であるか: コンピューターが情報を処理する仕組みや、計算の理論的基盤です。具体的には、アルゴリズム、データ構造、計算量理論などを指します。
- 高まる能力: AIが提示したコードが「なぜ動くのか」「なぜその処理手順が最適なのか(あるいは非効率なのか)」を論理的に判断する基礎体力です。これにより、AIに対してあやふやな指示ではなく、数学的・論理的に正しい解法を指示できる能力が高まります。
- ソフトウェア・エンジニアリング(ソフトウェア工学)
- 何であるか: 信頼性が高く、保守しやすいソフトウェアシステムを効率的に開発・運用するための工学的な手法です。設計原則、デザインパターン、テスト技法、アーキテクチャ設計などが含まれます。
- 高まる能力: 単に動くプログラムを作るだけでなく、システム全体の整合性、セキュリティ、将来の変更への強さ(保守性)を見通す視座です。AIが生成したバラバラの部品(コード片)を統合し、品質の高いシステム全体として組み上げ、運用し続ける能力を養います。
「どうすれば品質が高いシステムを作ることができるのか」、「それを支えるシステムアーキテクチャーや運用をどう設計すべきか」。 AIを使わずともシステムを設計しコードを書けるだけの、こうした強固な基礎能力があってこそ、AIの生成物の良し悪しを即座に判断し、誤りを正し、正しい方向へ導くことができるのです。
こうした人材育成にはコストがかかります。しかし、その投資を惜しんではなりません。 なぜなら、その投資対効果(レバレッジ)は劇的だからです。AIによって人間の能力の限界(処理速度や量)が取り払われるため、一人の優秀な「AIの監督」が生み出す価値は、かつての労働集約型時代の何倍、いや何十倍にもなります。 「AI資本 = AIツール資本 × 人的資本」の掛け算において、人的資本の質を高めることは、結果として企業全体の生産性を爆発的に高めることにつながるのです。
プレーヤーから「監督」へのシフト
この変化は、かつての「読み書き」の常識が変わったことに似ています。 かつて社会人の基本的な能力のひとつとして、漢字を「きれいに」「書ける」能力は必須でした。しかし、今や漢字は、きれいに書けなくても読めれば良い時代になりました。「きれいに書く清書作業」はワープロとプリンターが代替し、「手で書く」能力そのものがなくても、正しく漢字を選び、読めれば仕事に支障はありません。
プログラミングもこれと同じです。 これまでは、人間がゼロからコードを「書ける(記述する)」ことが必須でした。しかし、これからはAIが高速にコードを書いてくれます。実務において、人間が逐一コードを手書きする必要はなくなります。 重要なのは、AIが書いたコードを「読めて」、その論理や構造が正しいかを判断できることです。そして、正しく「読む」ためには、前述したコンピューター・サイエンスなどの原理原則を知り、「自分でも書こうと思えば書ける」だけの基礎能力が必要なのです。
つまり、人間は自らがプレーヤーとして試合に出て汗をかくのではなく、何倍もの能力を持つ「AIプレーヤー」に効果的かつ効率的に仕事をさせるためのコーチや監督、あるいは最高のパフォーマンスを発揮させるための環境を整えるグラウンドキーパーとして、レバレッジ(てこ)を高める役割を担うことになります。
外部採用にお金をかけるのではなく、既存の社員がこうした「AIを指揮するプロ」へと進化するための教育にコストをかける。これこそが、AI時代の「人的資本経営」の核心です。
こういう取り組みを積極的に推し進める企業には結果として、優秀な人材も集まり、レバレッジ効果はさらに高まることが期待されます。
素人とプロの違い:AI前提社会での再定義
AIが平均的な業務をこなしてくれるようになれば、「素人」の領域はAIに代替されます。 かつて「素人」とは、自社の定型業務をきっちりこなせる人を指し、社内での役職や権限がその価値でした。しかし、定型業務がAIに置き換わる中、会社の中にしか通用しないスキルの価値は暴落します。
これからの「プロ」とは、AIという資本を使いこなし、会社という枠を超えて社会的な価値を生み出せる存在です。 「AIがいるから人間は不要」ではなく、「AIがいるからこそ、AIを使える人間が爆発的な価値を生む」のです。
「人的資本経営」とは、社員一人ひとりがこのようなプロフェッショナルへと変貌するためのストーリーを、会社が支援することに他なりません。 「何歳で課長になった」という社内キャリアではなく、「AIを活用してどのような課題を解決し、どんな価値を社会に提供したか」という実績こそが、個人のキャリアを輝かせ、ひいては会社のブランド価値を高めます。
AI資本と人的資本の融合が本丸
もはや「頭数」で勝負する時代は終わりました。 AIにできる仕事は徹底してAIに任せ(AI資本経営)、人間は人間にしかできない高度な領域、すなわちAIという設備の生産性を最大化する「知識集約」の領域へシフトするために学び直す(人的資本経営)。この両輪を回すことだけが、採用難と技術革新の波を乗り越える唯一の解です。
企業にとっては、AIへの投資と、既存人材を「AIの監督」へと引き上げるためのリスキリング投資が急務です。個人にとっては、AIに仕事を奪われることを恐れるのではなく、AIを使いこなす側へと自らの役割を再定義し、成長し続けることが求められます。
AIという新たな「資本」と、磨き上げられた「人的資本」。この二つを融合させ、高次元で統合できる企業こそが、次代の勝者となるでしょう。
【募集開始】ITソリューション塾・第51期(2026年2月10日開講)
時代の「デフォルト」が変わる今、ITソリューション塾・第51期の募集を開始します。
ITソリューション塾は2009年の開講以来、18年目を迎え、これまでに4000名を超える卒業生を送り出してきました。
開講当時、まだ特別だった「クラウド」は、いまやコンピューティングの「デフォルト」です。そして18年目のいま、社会は急速に「AI前提」へと移行しつつあります。
これは単にAIの機能が向上したということではありません。ビジネスや社会のあらゆる現場で実装が進み、AIがあらゆる仕組みの「デフォルト」になろうとしているのです。
第51期ではこの現実を受け止め、AI技術そのものの解説に加え、クラウド、IoT、システム開発、セキュリティなど、あらゆるテーマを「AI前提」の視点で再構成して講義を行います。
【ユーザー企業の皆さんへ】
不確実性が常態化する現代、変化へ俊敏に対処するには「内製化」への舵切りが不可欠となりました。IT人材不足の中でも、この俊敏性(アジリティ)の獲得は至上命題です。AIの急速な進化、クラウド適用範囲の拡大、そしてそれらを支えるモダンITへの移行こそが、そのための強力な土台となります。
【ITベンダー/SI事業者の皆さんへ】
ユーザー企業の内製化シフト、AI駆動開発やAIOpsの普及に伴い、「工数提供ビジネス」の未来は描けなくなりました。いま求められているのは、労働力の提供ではなく、モダンITやAIを前提とした「技術力」の提供です。
戦略や施策を練る際、ITトレンドの風向きを見誤っては手の打ちようがありません。
ITソリューション塾では、最新トレンドを体系的・俯瞰的に学ぶ機会を提供します。さらに、アジャイル開発やDevOps、セキュリティの最前線で活躍する第一人者を講師に招き、実践知としてのノウハウも共有いただきます。
あなたは、次の質問に答えられますか?
- デジタル化とDXの違いを明確に説明できますか? また、DXの実践とは具体的に何を指しますか?
- 生成AI、AIエージェント、エージェンティックAI、AGIといった「AIの系譜」を説明できますか?
- プログラミングをAIに任せる時代、ITエンジニアはどのような役割を担い、どんなスキルが必要になるのでしょうか?
もし答えに窮するとしたら、ぜひITソリューション塾にご参加ください。
ここには、新たなビジネスとキャリアの未来を見つけるヒントがあるはずです。
対象となる方
- SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業改革や新規開発に取り組む皆さん
- 異業種からSI事業者/ITベンダー企業へ転職された皆さん
- デジタル人材/DX人材の育成に携わる皆さん
実施要領
- 期間:2026年2月10日(火) ~ 4月22日(水) 全10回+特別補講
- 時間:毎週 水曜日 18:30~20:30(※初回2/10など一部曜日変更あり)
- 方法:オンライン(Zoom)
- 費用:90,000円(税込み 99,000円)
受付はこちらから: https://www.netcommerce.co.jp/juku
※「意向はあるが最終決定には時間かがかかる」という方は、まずは参加ご希望の旨と人数をメールにてお知らせください。参加枠を確保いたします。
📩 saito@netcommerce.co.jp
講義内容(予定)
- デジタルがもたらす社会の変化とDXの本質
- ITの前提となるクラウド・ネイティブ
- ビジネス基盤となったIoT
- 既存の常識を書き換え、前提を再定義するAI
- コンピューティングの常識を転換する量子コンピュータ
- 変化に俊敏に対処するための開発と運用
- 【特別講師】クラウド/DevOpsの実践
- 【特別講師】アジャイルの実践とアジャイルワーク
- 【特別講師】経営のためのセキュリティの基礎と本質
- 総括・これからのITビジネス戦略
- 【特別講師】特別補講 (現在人選中)
「システムインテグレーション革命」出版!
AI前提の世の中になろうとしている今、SIビジネスもまたAI前提に舵を切らなくてはなりません。しかし、どこに向かって、どのように舵を切ればいいのでしょうか。
本書は、「システムインテグレーション崩壊」、「システムインテグレーション再生の戦略」に続く第三弾としてとして。AIの大波を乗り越えるシナリオを描いています。是非、手に取ってご覧下さい。
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