毎日のように生成AIの機能の向上や、その能力を活かしたアプリケーションの登場が、ネットを賑わしています。最近、大いに感動したのはGoogleのNotebookLMの音声解説機能です。アップロードした文章の内容を男女がラジオのDJさながらに対話しながら、解説してくれます。喜怒哀楽を表現し、合いの手を入れながら、とても自然に話をする様は、怖いほど人間らしく、ついつい対話に引き込まれてしまうほどです。
いま執筆中の書籍の原稿(A4で160ページほど)をPDFにして読み込ませたのですが、数分のうちに見事な音声での解説を作ってくれました。所々不自然な日本語もありますが、ITを知らない日本人のラジオ・アナウンサーが解説しているような感じで、それなりにうまい解説になっており、筆者である私も感心するほどの内容でした。
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こういう”事件”が毎日とは言いませんが、毎週くらいには起きているわけで、「人間の仕事が奪われてしまう」のではないかと、大騒ぎになっています。ただ、現実を冷静に考えて見ると、状況はそれほど単純なことではありません。
上流・中流・下流での違い
仕事の流れは、おおよそ上流・中流・下流に区分できます。それぞれに於いて、AIと人間はどのように役割を果たすのかを考えると、単純に「人間の仕事が奪われてしまう」という話しではないことが分かります。冒頭で紹介したNotebookLMの音声解説機能を例に考えてみましょう。
上流:好奇心と問いの創出
NotebookLMの音声解説機能が発表され、これは面白そうだと思い、試してみようと行動を起こしたのは人間である私です。誰かにそうしろと言われたわけではありません。心の内に生じた好奇心、試してみようという内発的動機がNotebookLMの音声解説機能の能力を引き出し、それがどういうものかを理解させてくれました。また、音声解説をさせる対象となるテキストデータは私のオリジナルです。AIの助けを借りつつも何を伝えたいのか、どのような行動変容を世の中にもたらしたいのか、そのためにはどのようなメッセージを届けなくてはならないのかを考えて、文章に仕上げたわけです。つまり、「何をしたいのか」や「何を伝えたいのか」という問いを発したことで、この機能が「活かされた」と言えるでしょう。
このような上流における好奇心と問いの創出がなければ、NotebookLMは何の価値も生みだしません。そもそも、好奇心や問いというのは、技能(スキルやテクニックなどの方法を使いこなす能力)の問題ではなく、日々の知識や経験の積み上げなくして生まれません。わかりやすく言えば、沢山の本を読み、多様な人たちと話をし、いろいろなところに旅をして、興味の赴くままに試してみるといったことをできるかどうかにかかっています。このような思考や行動の様式が、人間の知性と教養に磨きをかけるわけで、これなくして、AIの能力を十分に引き出すことはできません。
中流:知的力仕事の代替
上流で何をしたいかの適切な問いを与え、十分な素材を与えることができれば、後はNotebookLMに任せることができます。15万文字、A4で160ページ相当の文章を数分で読み解き、内容を要約し、対話を生成するなんてことは、どれほど優れた人でもできることではありません。これは遥かに人間の能力を凌駕しています。
システムの要件定義やプログラミング、対話的な商品紹介や解説、調査レポートの作成、定型的な書類の作成、書籍や記事の文書作成など、上流での適切な指示があれば、80点の及第点であれば、人間の能力など及ばないスピードと品質でやってくれます。このような、何をやるべきかが決まっているような知的作業を「知的力仕事」と呼んでいます。まさに、「知的力仕事」に関しては、AIは既に人間の能力を超えていると言えるでしょう。
これは同時に、ある分野で誰もが「80点の及第点」だと認める成果をあげるために時間をかけて経験を重ねてきたような仕事は、AIに代替される可能性が高いことも意味します。そして、多くの場合は、「80点の及第点」で仕事になることも多いでしょう。こういう仕事に留まっている人たちは、AIに仕事を奪われる可能性は、高まりつつあります。
下流:責任の担保とホスピタリティ
NotebookLMのアウトプットに感心し、感動を覚えたとしても、「何かがおかしい」「もっとこうした方が良いだろう」と感じることがあります。そして、なぜそのようなことになっているのかを考え、どのようにすればこの違和感を解消できるかを考えるには、NotebookLMがどのような仕組みで動いているのかを理解しておかなくてはなりません。
そもそも、「違和感」というものは、基礎や基本とのズレです。つまり、上流で必要とされる「知識と経験」の積み上げで築かれた「基礎や基本」が、ここでも必要とされるのです。「違和感」を感じ、それを解消したいと思うことは、人間にとってとても大切なことです。それは、結果に責任を取るためです。
AIがどれほど素晴らしい答えを出しても、それが適切なのかは、時と場合によります。例えば、重篤な病状にある患者への治療方針決定のような場合、AIがもっともらしく統計的に生存率が最も高いとされる画一的な治療法と答えても、それを採用することは妥当ではありません。患者の年齢、他の持病、生活の質に対する考え方、家族の意向など、多くの個別具体的な要素を考慮した上で、最終的な決断を下す必要があるからです。このような判断は、経験に裏打ちされた感覚によるものであり、それがこの場合はふさわしいと言えるでしょう。
また、相手の置かれた立場や状況、今の想いを察知して、受け入れてもらえるように、理解してもらえるように表現や語り口を工夫することも人間にしかできません。未来のあるべき姿に至るには、たどる道筋を考慮して、AIの答えとは異なる答えを取ることも必要なときがあるでしょう。つまり、結果に対して責任を負うためには、状況に応じた判断と行動が必要なのです。この役割がAIに代替されることはありません。
AIと人間の共進化に向けて
結局のところ、AIの性能が上がるほどに、私たち人間もまた、好奇心や問いを創出する力、そして最終的な判断に責任を持つといった「人間ならではの性能」を向上させていかなければならないのです。
これは決して新しい事態ではありません。いつの時代も人間は、新しいテクノロジーを生みだし、そのテクノロジーによって自らもまた進化してきました。そして、その都度テクノロジーと人間の役割を再定義し、社会全体の価値を高めてきたのです。たとえば、印刷技術の発明やインターネットの普及は、その典型と言えるでしょう。
印刷技術の発明は、それまで限られた人しか手にできなかった知識を、多くの人が手に入れられるようにしたという点で革命的でした。しかし、印刷技術が登場したからといって、誰もが読書や思索を始めたわけではありません。本の価値を見出し、自ら学び、考えるという人間の能動性があって初めて、印刷という技術はその意味を持ちました。
インターネットの普及もまた同様です。情報へのアクセスは飛躍的に向上しましたが、それをどのように使うのか、何のために使うのかを考える力がなければ、単なる情報の洪水に飲み込まれてしまいます。検索エンジンを使いこなす能力、フェイクとファクトを見分ける判断力、そして情報をつなぎあわせて新しい価値を創出する創造性は、やはり人間の力によるものです。
AIがどれほど性能を向上させても、この人間とテクノロジーの基本的な関係、すなわち共進化の関係が変わることはないでしょう。だからこそ私たちは、AIの進化にむやみに恐れを抱くのではなく、その基礎や基本、原理や原則を理解しようと努め、それを賢く使いこなし、自らの役割を最適化していくことが、何よりも大切なのです。
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